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第167号 ガーデニングライフ
2005-10-01
  我が家にNHKの石澤典夫アナウンサーが来られる。数年前まで七時の全国ニュースのキャスターをされていた人で、報道から美術番組に移られて現在はガーデニングの番組を担当されている。

  「BS―2」で日曜日の朝六時二十五分から放送されている「素敵にガーデニングライフ」の番組に我が家の庭が紹介されることになった。

  アシスタントは元アナウンサーでタレントの小林あずささん。 美人であることはもちろんのこと、そのスタイルの良さはさすがにテレビに出る人は体型が全く違う。

  他にデレクター、カメラマン、ミキサー等総勢9名。わずか二十五分の番組を作るのにこれだけのスタッフが必要なのだ。それもその一日で終わったわけではない。カメラマン他数人が後二日間かけて部分的なところを撮影する。それに前もって打ち合せが二回、延べ人数にすると実に二十数人にもなる。そしてその撮影したものを編集するにはどれだけの日数がかかるのか、知るよしもないが、 番組作りには多大な費用がかかっていることを実感する。

  門のところから撮影が始まる。石澤アナと小林あずささんが我が家を訪ねてきた設定で庭に向かって歩いて行く。庭のバラの中で家内が迎える。実況放送だと何台もカメラが追っていてそのベストアングルのカメラに切り替えていくのだろうが、今回の収録にはカメラは一台、送るシーンに、迎えて通過するシーンと同じ場面をカメラを移動して二度、三度繰り返して撮影する。 素人の私等には芝居染みて見えるが、これを自然に歩いて行ったように秒単位で編集して番組が出来上がる。

  頼まれて太い竹を繰り抜いて寄せ植え用のコンテナを作るシーンに作業場の私が登場。どんな姿に撮れているのやら。放送日は九月の十八日の予定であったが十月二日(再放送は三日午前十一時十五分)に変更になったから、この遍路宿を読まれて興味のある方はご覧下さい。

  昼食にスタッフ全員にさぬきうどんを食してもらう。我が家のリビングで有名アナウンサーがうどんを食べている。にわかには信じ難い光景である。昨年リホームをしておいてよかった。

  石澤アナと小林あずささんは日本だけではなく世界のガーデニングの取材に行かれて多忙で経験も豊富だからいつでもぶっつけ本番で出来ると思えるのだが、一時、姿が見えないと思ったら真剣な顔で番組制作用の台本を見ておられた。多分ここでこうしてこんな話をして、と頭に入れられていたのだと思う。なに気なく出来ているように見えてもそれぞれに努力をされている姿を垣間見る。

  撮影は家内が案内をして家の回りを一周する形で行われたが、朝の九時前から昼食を挟んでほとんど休憩なしで撮られて、石澤アナが帰られたのは四時を過ぎていた。

  撮影に使ったテープは四十分用が六本。それがほぼ十分の一に編集される。

  憧れの錦鯉が飼いたさに、借金までして庭を造ったのは我が家だけだろう、と苦笑してから三十余年。今度は家内がはじめたガーデニングが最近のブームになってあちこちから興味のある人が訪れてくれて交流の輪が広がっている。
 
第166号 府中湖
2005-07-01
  府中湖の湖面を見渡せる丘の上に彫刻家の故藤本良和氏制作の石彫「世世(ゼゼ)」が坂出ライオンズクラブ四十五周年記念事業として建立された。                                     

  遠くに高速道路の斜張橋、その手前に一般道のアーチ橋を望み湖面には若者達のカヌーが行き交う。石彫の周辺には同じライオンズクラブの寄贈で桜が植えられ近い将来香川の桜の名所にもなるだろう。

  ダムによって出来た府中湖は今や全国に知れたカヌー競技場になっている。幾多の有名選手も輩出してきた。坂出市内の高校生を中心に、カヌークラブには小学生もメンバーに加わってその裾野は広い。いつの日かここで育った選手がオリンピックのメダリストになることが夢です、とカヌーについて教えてくれた事務所の職員さんは目を輝かす。

  石彫の脇に立って湖面を眺めているとふと四十年ほど前の光景が浮かぶ。湖底に沈んだ川の流れ、その川に沿った砂利道を自転車で通学していた。家から学校まで一時間余り。暑い夏の日、川岸の涼しい木陰で弁当を食べた記憶があるが、それは授業が急に半ドンになったからか。真面目さは今も変わらず、授業の途中で抜け出すほどの要領の良さは当時からなかった。

  夏は汗びっしょりになって、ハンドルを握る手は真っ黒。冬は学校に着くころには膝から下は完全に感覚を失っている。

  都会に憧れて一旦香川を離れたのだが、戻ってみると何の因果か気がつくと学校の近くの会社に通勤している。湖底に沈んだ道を除けば今もほぼ同じ道を通っている。時代の進歩のお陰とは言え車は有り難い。雨風知らず、猛暑も凍てつく寒さも知らずに朝は二十数分で着く。手足の霜焼けの跡だけが半世紀前の苦悩を呼び起こしてくれる。

  ダムの建設にともなって造られた湖面の東側の道路を毎日通っているが、そこから見える場所に、ダムの放水で水面が下がると民家の基礎と井戸の跡のイガワが出てくるところがある。それが見えると妙になつかしい思いがしてくる。

  今は道路の下に見えるが、自転車で通った川沿いの道からは少し奥まった木立の中にあった農家の家。自転車に乗った女生徒が出てくるのを何度か見掛けたことがあった。

  この綾川の上流、滝宮神社の下の流れは大きな岩が見事な景観を成していた。夏には格好の泳ぎ場で小学生の頃、野外授業で級友達と三角ふんどしで毎年泳いでいた。図画の時間にも何度か岩に腰掛けてその風景を書いた。その景観がダムによって沈んでしまうらしいと香川を離れる時に聞かされてはいたが、なぜそんな無謀なことをするのか信じ難かったが、十数年後帰ってみるとやはり見事な岩の姿はなかった。

  経済発展の為には水の確保は不可欠で、ダムの建設で坂出番の州の工業地帯を支えてきた事実には、自然美の犠牲も止むを得なかったのかも知れない。

  新たに創造された湖の雄大な人工美がこれからの世の中の発展にふさわしい光景として存在して行くのだろう。
  府中湖の丘で空に向かって伸びる御影石のモニュメント、石彫「世世」は「未来永劫」を表現してこれからの坂出市民、いえ全人類の発展を見守っている。
 
第165号 拉致問題解決?
2005-04-01
  これから二年以内に北朝鮮による拉致問題は解決するであろうと言う真実味のある講演を聞いて来た。

  講師を匿名にする必要はないかも知れないが敢えてH研究所のY氏としておく。

  米国で長年政界を見てこられたY氏はブッシュ大統領を評して有言実行の人、どこかの政治家とは違ってやると言ったことは必ずやる人で、今は米国でも日本でもあまり評判は良くないが、歴史に残る大統領になることは間違いないと言いきっていた。

  講演会の翌早朝、大統領の就任式の演説で「米国は世界の専制政治の終焉(シュウエン)が究極の目標だ。それは我が国の自由を守る為に必要なことだ」

  ホワイトハウスの中の様子に詳しい人の話を聞いた後だけに素直に受け止めた。独裁者「金正日」が失脚するプロセスまで話されたが、それは省略させてもらうが北朝鮮が民主主義の国になれば、拉致問題の話し合いは一挙に進むだろう。

  評論家には米国の一国支配と受け止められて批判する人がほとんどだが、それほど悪い政治家ではなさそうだ。同じ朝、ラジオで大学教授がその演説についてアナウンサーの質問に答えて話していだが、評論家から一歩も出ていなかった。Y氏と評論家、どちらの見方が正しいのか、二年後が楽しみである。

  ニューヨークですでに金総書記の後がま探しまではじまっているが、まだそれらしき人は見つかっていないとまで言っていた。

  拉致問題が進展しない苛立ちに日本国民は早く経済制裁をやるべきとの声が高くなっているが小泉首相は慎重な態度を取り続けている。これもブッシュ大統領と何らかの話が出来ているからなのか、それとも単なる無策無能なのかは知るすべもない。

  拉致被害者の記者会見がしばしばテレビに映し出される。あの人達は必死なのだ。切羽詰まった気持ちなのだ。これは日本国民等しく共有していかなければならない気持ちだと思う。 政治家はそれに応えなければならない。国民の生命財産を守るのが政治の最大の使命。献金をしてもらうのに現を抜かしていては政治は出来ない。一億円貰って記憶にない、果ては責任逃れにやっきになっている。大所高所に立つべき人にしてはあまりにみすぼらしい。そう言う輩は即刻国会から追い出すべきで、それくらいのことが出来ない政治体制では「金正日体制」と大差ないと心得なければならないだろう。

  幸いにも帰国出来た人達には拉致された長い長い日々の空白を埋めてあまりある豊かな人生を送ってほしいと願わずにはいられない。身近な人達の暖かな人情、心の支え、それが自然に伝わる日本であってほしいと思う。

  イラクでは混迷が続いて、米国の犠牲者はすでに一千三百人を越えた。その戦争を決断した大統領の人権に対する責任問題は出ないのか、我々素人には理解出来ないが、米国民には国の為に犠牲になった誇りのような精神があるらしい。それはかっての日本ではなかったのか。いや自国を愛するのは万国共通のはずだ。それが一部の人間の欲望の為に使われたから問題であって自国民の幸せの為の犠牲はなによりも尊い。

  米国のエゴと見るか、自由の伝道師と見るか、その回答は歴史に委ねるしかないが、一日も早く拉致問題が解決されて、被害者達の笑顔の会見が見られることを期待したい。
 
第164号 住まい
2005-01-01
  平成十六年は記録に残る猛暑に台風は十個も本土に上陸。平均の四倍近くで当たり年では済まされない異常な年であった。それに十月二十三日の夕方に新潟地方で起きた強い地震、その余震が続いている中、テレビに映し出される被災者の様子に心が痛む。

  台風の被害が比較的少ないと言われる香川にも全国ニュースで流れた被害が幾度かあった、その中で集会場へ避難していて濁流に飲まれて母娘が死亡したのは、なんとお得意様の従業員の奥様とお母様であった。結果的には自宅に居れば死なずに済んでいた。悔やんでも悔やみきれないが、運命とはそう言うことを言うのだろうか。

  子供の頃、嵐の中を毛布か布団かをかぶって倒壊しそうな我が家から近所の家に避難した記憶が蘇ってくる。又、強風に弓なりになって今にも外れそうになる雨戸を必死で押さえていたこともあった。

  台風が来ても何の心配も無い家に住みたい、その思いは強く子供心に焼き付いていた。

  国土の狭い日本。風光明媚な一方で危険な住宅地に住まざるを得ない現実もある。なぜそんな危険な場所に住宅があるのか。不思議に思えることもあるが、長年住み馴れた人には掛け替えのない住まいなのだろう。唯、土砂崩れなどで被災したその多くは悪徳業者による不備な造成、欠陥住宅ではないのか。行政も災害の度に「予想を越えた風雨であった」で済まされる。そんな予想をされたのでは困るのだが、経済効果に重きをおくと致し方ない事か。もう少し人の暮らしに力点を置いた方策が考えられる行政にはならないものか。

  我が家は三十数年前に約三十坪を初めて建ててその四年後に二十坪余りを増築、数年前に玄関を東に移す為にまた二十坪ほど建て増しをした継ぎ足し継ぎ足しの家だが、今までに台風で雨漏りひとつしたことはない。殊に最初に建てた家は大工さんに、この家の寿命はどのくらいかと尋ねたら、まあ三十年が良いところか。と言われた。当時それから三十年は随分長いと感じていたが、 なんのことはない、もうとっくに過ぎている。
住宅設備メーカーの展示場を見て、また家の改築の欲望が頭をもたげた。猛暑の中、リビングのリホームにかかる。埃と汗に塗れて大工さんが頑張ってくれる。ころころ変わる我が家の気ままな要求にも嫌な顔ひとつしないで丁寧な仕事をしてくれる。ものはついでにと我が書斎になっている三十数年前の部屋も改造、天井と床は遮音シート、吐き出しのアルミサッシの窓は防音用の二重ガラス、壁も遮音にやりかえたかったが、テッペイ石とレザー張りの壁に三十数年前の思い入れがあって遮音カーテンで我慢をする。遮音にこだわったのは、いつの日かここにグランドピアノが置かれるのを夢みている。置く場所は出来たのだが弾く腕が意のままにならず、夢に終わる可能性大か。

我が家は決して贅沢な造りではない。木材等は最低限のものを使っている。それでも丈夫なのは施工してくれた大工さんの心だと思っている。今年何度か襲来した台風が、取り替えたサッシにまともにぶつかってくる、しかし、レースのカーテンが微動だにしない。材質の進歩と取り付けた大工さんに感謝。

  新装なったリビングに続くウッドデッキから見渡せる庭に穏やかな年を予言する平成十七年の初日が輝くことを願っている。
 
第163号 孫
2004-10-01
  「この娘は父親似やな」「いや母親似やろ」

  目もとは誰に、鼻は、口は誰それに似ているのと違う?

  この世に生まれてきてまだ一時間も経たない赤ちゃんを見て親族一同賑やかなこと。当の赤ちゃんは静かに眠っている、うっすらと目でも開けようものなら一斉に歓声があがる。

  母親は分娩台に寝たままでその横に母親から見えるように赤ちゃんは寝かされている。

  初孫誕生、六十四歳にしてやっとおじいちゃんになった。

  「なんでこんなにかわいいのかよ、孫と言う名の宝物」と大ヒットした歌があるが、正直なところあまりに当たり前過ぎる歌詞で好きではないが、これからその当たり前を地でいくことになりそうである。

  今はデジタルカメラとか携帯電話にもカメラ機能が付いていて写真は撮り放題、かわいそうにフラッシュが眩しいではないか、目が見えるわけではないだろうが、思わず制止したくなる。そのおびただしい数の写真がパソコンから即座に映像になって出てくる。印刷された写真の中に目がぱっちりと開いた一枚、これはどこかで見覚えのある顔だ。紛れもなく私の幼い時の顔だ。

  今年の二月末に九十一歳で急逝した母も「なにも思い残すことはない」とは言って旅立ったが、内孫の嫁の大きくなったお腹を擦りながら、せめてこの子の顔を見るまでは生きていたいと思っていたに違いない、仏様の前に分厚いひ孫の写真を飾ってある。

  母の生きた九十年と、これから生きていく孫の時代はどうなるのか。母の九十年は紀元の年数で言えば五%に満たないが、その時代の変化で言えば何十倍何百倍も変わっていると言えるだろう。このまま突き進めば人類が地球では住めなくなるのはそう遠い話ではない。大気汚染に温暖化、なにより水の汚染が深刻だ。しかし、私の命のある二,三十年は大丈夫と高を括っていたが、孫の顔を見ているとこれは大変だ。地球環境にもう少し関心をもって身近に出来ることからやって行かなければならない。子孫に美田を残す意味を実感させてくれた孫の誕生でもあった。

  精神年齢二十歳代を自認してはばからないのだが、孫におじいちゃんと呼ばれることになんの抵抗も感じないように思えるのはやはり自然の摂理なのだろう。
 

第191号  灰になるために生まれてきたんじゃない

第191号  灰になるために生まれてきたんじゃない
 
灰になるために生まれてきたんじゃない

出来たばかりのコンクリート舗装の路上に白い大きな犬の死体が横たわっていた。

開通間もない国道十一号。現在は県道三十三号になっているが、私が高校に通っている三年間に工事が進められて、出来上がった真新しい路面に無残な姿があった。最近では路上に死んでいる犬猫を見るのは珍しくもなくなったが、半世紀も前の光景が強烈に脳裏に残っている。今も通勤時に通る道である。

悲惨な交通事故死は人間も同様で悲しむべきことであるが、その犬猫の命が不慮の死ではなく、まるで売れ残ったコンビニの弁当のように処分されていると聞くと人間のおぞましさに恐怖感を覚える。

それは連日報道される幼児虐待、いじめ、陰惨な殺人事件等殺伐とした世相に現れているようにも思える。

知人が「小さな命の写真展」として、保険所等で殺処分される前の犬猫の表情を写した写真展を常盤街商店街、ホームセンター、駅構内、市役所等々で開催している。

この命、灰になるために生まれてきたんじゃない。全国で一日に約一千頭の犬猫が二酸化炭素に依って殺処分されている。香川県は人口当たりの殺処分数は全国ワースト五位だそうだ。その費用は全国で二十四億円と聞くこれ全て税金で賄われている。

人の癒しの為に、命の尊さを共有する筈のペットが心ない一部の人と思いたいが、無責任に捨てられ殺される。

写真展の会場で売られていた児童書のノンフィクション作家、今西乃子著「犬たちを送る日」の冒頭の部分を要約して紹介したい。

一九七八年、野犬の撲滅対策として、ある県での犬の買い上げ制度を設けたときのことである。

犬を保険所に持ち込んだ県民には一頭五百円の報酬を出す。

そこに小学生三人が七匹の子犬を持ち込んだ。

「すみません、これ買うてくれるんですか?」

「これ?どうしたいん?」

「犬、一匹ここに持ってくれば、五百円くれるって聞いたけん。七匹で三千五百円やけんね。お金くれん?」

当時の三千五百円といえば、かなりの高額である。

「そのお金、何につかうんや?」

「プラモデルじゃけん!欲しいプラモデルがあるで、それ買いたいんや!はようお金ください」

「君らが連れてきた子犬、ここに来てどうなるか知っとるか?」

「・・・?」

「あのな、ここに連れてこられた犬は、みんなあと数日で殺されてしまうんや。この子犬もそうじゃけん。みんな殺されてしまうんやで。それでもええんか?」

「かまわんけん!はようお金ください!はよう行かんと、プラモデルやさん、閉まってしまうけん」

 親が教えたのだ。

「そんなに小遣いがほしかったら、野良犬の子犬を見つけて保険所へ持って行け」と。 

 命を金に換え、そのお金で自分たちの欲しいものを手に入れようとする少年達、それを容認する大人達がたまらなく悲しく思えた。

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