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第162号 トップの責任
2004-07-01
  三菱ふそうトラック・バスのリコール問題が報道される度に思い起こされることがある。

  三菱と言えば日本を代表する財閥グループ。                                              

  二十年余り前であったと思うが、当時も三菱自動車はグループのお荷物で、そのグループの社長会で当然その社長は末席に座っていた。ところがその社長の椅子がいつの間にか上座になっていた。グループ内の優良企業になっていたのだ。

  世間はその当時の社長は運が良かったと言うかも知れないが、それは間違いで、その社長が自らの力でお荷物と言われた会社を優良会社に育てたのだ。

  最近の度重なる無様な不祥事、果ては経営危機の現状をその社長はどんな思いで見ておられるのだろうか。

  無責任な自己保身だけを考えている人間がトップに立つとこうなると言う見本に思えてならない。その為に何の罪もない人の人生を大きく狂わせてしまうのだ。

  欠陥を早く認めて対処していれば、若い母親が子供の目の前で命を落とすことはなかった。運輸業を営む運転手の人生を狂わすこともなかった。それらの企業の責任は、その企業のトップの全責任である。

  この事件は今の世相の象徴のように思えて誠に残念でならない。

  優良企業は優秀なトップが率いているから優良企業であって、そこに無責任なトップを頂くとたちまちその地位は崩れる。老舗、一流企業と言われた会社がいとも簡単に潰れていったのは全てそこに起因する。これは小さくは家庭、学校、地域、国、そして世界情勢も全く同じこと。そう思うとなんだか背筋が寒くなるような思いがしてくる。子供に責任を持たない親。学級崩壊が起こっていても知らぬ顔の校長、支持率の高い理由が他にふさわしい人がいないからと言う総理大臣。誠に嘆かわしいトップの人材不足の昨今であるが、これも時代の流れと諦めるしかないのか。

  諦めついでにプロ野球の実況中継の解説が面白い。どう見ても監督を失格した解説者が監督批判をやっている。これには思わず吹き出してしまったが、楽しめれば良いショービジネスだからこれも楽しみの一つと思えば許されることか。しかし、勝負の世界は勝たなければならない。監督の采配で勝ったと言える試合は長いペナントレースの中では、ほんの数試合しかない、などと、のんきなことを言っていては監督は務まらない。

  キャンプから始まって、チーム造りの全責任は監督にあるはずだ。いくら良い選手を集めても監督に統率力がなければ、勝負には勝てない。

  政治、経済評論家と言われる人がテレビ等で立派な理屈を並べるくれるが、さてその人達は理屈通りになにが出来るのだろう。言ってる暇があったら実行して下さいと言いたくなるが、ふと我にかえって気が付くと自分も評論家になっているのではないか。

  会社の駐車場に並ぶ社員の通勤用の車を見る度に、この車には何人もの家族が乗っている。その生活を守っていかなければならない全責任がある。それはわずか二十台足らずの車で、三菱ふそうトラック・バスのリコール問題を他山の石とするには余りにも大き過ぎる石だが、このささやかな会社を心して守っていかなければならないと自らを戒めている
 
第161号 セキュリティ
2004-04-01
  「ホームセキュリティしていますか」

  テレビで長嶋さんが笑顔で語りかけています。

  安全が当たり前であったはずの日本が、いつの間にかマイホームに警備保障が必要になってきた。これは笑ってはいられない。

  ある防犯機器メーカーのセキュリティ商品の説明会があった。その時のアンケートで受講した人の三分の一が、自身または身近かで盗難や窃盗にあったことがあると答えている。

  穏やかな土地柄と安心しているこの香川も、なんと過去五年間の犯罪件数の増加率全国ベストテンの中に堂々とランクされているのだ。

  我が社も何年か前に警備会社と契約して警備料を支払っている。これで安心と思いきや、これが全く効果がないことが判明。

  ご承知の通り銀行のキャッシュコーナーや宝石店が壊されて現金や貴金属が盗まれる事件が続発しているが、その現場は間違いなく警備会社によって警備されているはずである。それがいとも簡単に賊に襲われる。理由は至極当たり前の事で、賊は数分と現場には留まっていないのだ。警備会社が異常をキャッチして現場に到着した時にはすでに賊はいない。

  わが社も今までに数限り無いほど防犯センサーがはたらいて警備会社にご足労をかけているが、その度に風の影響か、鳥がいたようだ、で済まされている。もしかして屋外にある電線やパイプを積んで行かれたかも知れないのだがその確証はない。たまりかねて防犯カメラを設置した。今のところは疑いを晴らす為に映像を再生したことはないが、なんの為に警備保障料を支払っているのか。泥棒に、ここは警備保障がはいっていると警戒させるだけのことなら、いささか高額過ぎるのではないか。

  防犯機器はわが社の営業品目に入る商品なので、これが多いに売れることは商売としては結構なことだが、そんな世の中を喜ぶ気持ちにはなれない。

  商売気がないと笑われるが、その商品によって、お客さんの身が守られ盗難が防げたとしたら、これは大いにお客さんに貢献したことにはなる。

  衣食足りて礼節を知る、のは死語になったのか、衣食溢れて礼節忘れ、になったのではなんの為に戦後の焼け野原から懸命に働いてきたのか、嘆く人は少なくないだろう。ただ懸命に働くことの中に、懸命な子供の躾が含まれていなかったことが悔やまれる。

  そしてこの無防備な国に、外から来てやりたい放題にされているように感じられ、これは国民の意識だけでは防ぎようがない。外国から見て、日本の国で犯罪を犯せば生きては帰れない、と言うくらいの意識をもってもらえる国にしなければならないと思うのだが。

  どこかの国では立ち小便をしただけで死刑になりかけたこともあると聞く。その場所にもよるのだろうが、国の習慣、節度をきちんと定めなくてはならない。

  人権とか差別とか、屁理屈が多くて法整備が進まない。これは政治家の怠慢で国民の生命財産を守るのが政治家の最大の使命であることを忘れているように思えてならない。

  小泉首相もやっと治安の回復を口にするようになった。元内閣安全保障室長の佐々淳行氏の講演でも役人がようやく庶民感情が分かってきて法整備に取り掛かりつつあるとのことだったが、もう少しそのスピードを上げて世界一安全な国、日本を復活させてほしいものである。
 
第160号 良い会社
2004-01-01
  「大きい会社よりも良い会社」

  世間から見れば誰もが世界に誇る大会社だと思うのだが、そう言い続けて亡くなられたその会社の名誉会長「丹羽正治氏」。

  一般にはあまり知られていないかも知れないが松下幸之助氏が創設した松下政経塾の初代塾長と言えば思い出される人も多いと思う。我々の電設業界では神様のように尊敬されている人である。もちろん松下幸之助氏の右腕で最も信頼の厚い一人であった。

  その方のお墓が大阪市天王寺区のお寺にあると教えられて、大阪へ出張時にお参りさせていただいた。

  驚いたことにその日が、丹羽家の法要の日であった。対応に出て来られたお寺の方に、本堂に上がるようにすすめられる。事情を話してお墓に案内をして頂く。教えられたお墓はやはりと言うのか、そのお人柄をそのままに周囲のお墓と目立つことなく質素なたたずまいであった。神妙に手を合わせる。

  私には雲の上の人で、その人となりを直接に知ることも、もちろん話すこともなかったが、勤めていた会社の社長をはじめ上司が丹羽社長に心酔されていてそのお人柄はよく聞かされていた。

  どこかの宗教で人間革命と言う言葉を聞いたことがあるが、私にとっては正にその時が心の革命であったと鮮明に記憶をしていることがある。

  丹羽社長の会社が全国の有力代理店の社長様を招待された時のこと。丹羽社長と専務のやりとりを見ていた代理店の各社長様が、いろんな見方をされて、その何人かの声が、丹羽社長の耳に入った。普通なら「誤解のないように私の思いはこうでした」と自分の考えを理解してもらうように努めると思うのだが、

さすがに一流企業の社長は処し方が違う。閉会の挨拶で、

「同じ場所で同じ光景を見てもその受け止め方は皆様それぞれに違うと言うことを教えて頂きました。誠にありがとうございました」

  たったそれだけのことだが、これが大変なことで、人はだれでも自分の思いをそのまま相手に分かってほしいと思う。分かってくれるものと思う。それが間違いで、人の心は千差万別。人それぞれの心にふさわしい受け止め方しかしてくれないのだ。いくら真剣に訴えてもこちらの思いとは全く逆の受け止め方しかしてくれないことだってある。

  それまで生真面目に自分の思いを相手に分かってほしいと懸命に訴えていた自縛から開放されて、他人に対して大らかさが自分の体から感じられるようになったのは忘れられない喜びであった。

  私の知る丹羽社長の唯一のエピソードは、

私が勤めていた会社が毎年、年の初めに数百人は入れるキャバレーを借り切って、仕入れ先とお得意先を招待して新年の交換会を行っていた。ある年、弊社の社長が挨拶の後、まことに粗酒粗肴に粗女ではございますが、と決まり文句に粗女を付け加えた。その後に来賓として挨拶に立たれた丹羽社長は一言、

  「今の租女は良かった。これを聞いただけで今日ここに来て良かった。おわり」

  挨拶は短く、その人らしくの極意だろう。

  グループ会社では社員のリストラ旋風が吹き荒れたが、丹羽社長が育てた会社はそんな動揺もなく良い会社で有り続けているのは、歴代の社長がその思想を忠実に実行している証だと私は思っている。
 
第159号 グループ旅行
2003-10-01
  高校の同級生八人で北海道の函館、札幌、小樽を旅してきた。このグルーブは四季折々に集まっては友情を温め、年に一度の旅行もほとんど毎年欠かさずに楽しんできた。一昨年は還暦の記念にと富士山にも登った。皆それぞれに第二の人生を歩みはじめた仲間である。

  定年後、現役の経験を活かして会社を起こし商売をはじめた者。ボランティアをしながら趣味のソフトボールに熱中している元気な者もいれば、現役バリバリで高圧受電の保守点検に回っている者。パートでのんびり暇つぶしを兼ねて小遣い稼ぎをしている者と様々だが、ユニークなのは娘さんのケーキ作りの腕を活かした開店した喫茶店のマスターにおさまったのがいる。技術屋の現役の頃には到底考えられなかった商売気を発揮して愛嬢の作ったケーキを客に勧めている。これには思わず笑ってしまった(失礼)がその変身ぶりは正に驚きである。

  不況の中、悪戦苦闘している私から見るとそれぞれにうらやましい連中である。それが「集まるぞ」 「旅行するぞ」となるとその世話役は大抵私に回ってくる。添乗員にカメラマン、会計処理と忙しいが、誰からも一度としてクレームがついたことがない。それがこの連中の人柄で、付き合いの長続きしている要因でもある。

  当初は数人の仲間であったのだが、定年退職を期に郷里に帰って来たのが加わったりして十人程になった。北海道旅行には三人が所用で行けなかったが、千葉で奥様の里に家を構えて住んでいるのが是非にと羽田から合流。

  六月に梅雨のない北海道を選んだはずだが、今年は異常気象か。四国の梅雨明けも七月の終わりになるし、北海道も連日の雨の報道に心配したが、そこはさすがに真面目な団体さんである。羊蹄山も姿を見せて歓迎してくれた。これまでに何度か北海道は訪ねたが、羊蹄山の勇姿を見たのは一度だけであっただけに感激である。

  函館市内から立待岬の直ぐ手前にある石川啄木の墓では、津軽海峡が広がる雄大な景色に、この地をこよなく愛したと言う啄木の思いが伝わってくるようであった。函館山からの夜景は我がカメラにも絵葉書通りの映像が収まっている。昼食に運転手さんの推薦してくれたラーメン店が後日名物店として全国テレビに映し出されたのには驚いた。函館戦争の五稜郭、そして土方歳三の最期の石碑に明治維新の歴史の重さを思う。

  函館からジャンボタクシーは北上、長万部の駅前で蟹飯を食べて駅をバックに記念撮影。

洞爺湖では噴火の後の自然の猛威が生々しく残る中、なお、その地を離れる事なく生活を続けているたくましい人々がいた。

  北海道らしい広大な田園地帯を延々と走って中山峠を過ぎると札幌。ススキノは日本を代表する歓楽街。恐ろしいぼったくりが横行している店が多くあると聞く。幸い以前にひょんなことから馴染みになったスナックがあって、本来なら休みの土曜日にママさんにご出勤願って、借り切りでしかも低料金で飲んで歌ってススキノの夜を満喫。ついでに寄ったラーメン横丁の味はいまひとつ。

  小樽運河は情緒ある私好みの場所なのだが野郎七人と歩くところではない。寿司屋街は味、料金共に全くの期待外れであった。

  さて、来年は鹿児島とすでに決めているが、全員が元気で長くこのグルーブ旅行が続くことを願っている。
 
第158号 45年ぶりの「エリーゼのために」
2003-07-01
  あれは確か銀座のデパート松屋であった。

  高校の修学旅行で行った東京で、自由行動の時間に初めて銀座を歩いた時である。物珍しくデパートに入った。エスカレーターで二,三階に上がったところで上からピアノの演奏が聞こえてきた。誰かが「エリーゼのために」を弾いている。聞こえてくる方に向かって上がって行くと、楽器売場のピアノを足がぺタルにとどきかねている少年が弾いていた。器用に動く指に感心しながら、うらやましく眺めていた。その少年はやめることなく繰り返し弾いていた。

  近年東京へ出張する機会が出来て何度か、なつかしい思いで松屋へ入ってみたが、楽器売場は見当たらない。時代の要求で、デパートの売場も変わってきたのか。売場で自由にピアノを弾かすそんな余裕もなくなったのか。時代の流れとは言え一抹のさびしさを覚える。

  修学旅行は昭和三十三年三月末、テレビが普及し始めた頃である。東京タワーの建設が始まって四本の基礎部分が姿を見せていた。その当時の周辺がどうであったか記憶にはないが、そのほんの基礎部分だけでも遠くから見えていた。

  最近の日本は失われた十年と言われるこの不況の最中にも、東京だけは別世界のように超高層ビルが競いあうように建っていく。

  高さ三百三十三メートルものタワーから出る電波が周辺に出来たビルに遮られてしまう。

  四十数年の変貌は驚きを超えて恐怖さえ感じる。タワーも常に都心を見下ろしてきたのに、いつの間にかどちらを向いても同じ目線の高さにビルがある。さぞかし戸惑っていることだろう。

  今年はテレビ放送開始五十周年でなつかしい回想番組が放映されているが、モノクロからカラーへ。そしてその色もより鮮明に、より自然に進歩はしてきているが、思いの外、進まなかったのが薄型化である。旅行の引率の電気課の先生から「テレビはやがて壁に掛けられるようになる」と教えられてから半世紀近くたって、やっとプラズマと言う薄型テレビが発売されたが、価格、性能的にまだまだ問題があるようだ。

  ブラウン管に当てる電子の偏向角度が大きくなれば奥行は短くて済む。理屈は簡単なのだが、その技術は簡単にはいかなかったようだ。液晶と言う新しい商品が開発されてそれに変わっていくのか、夭折された先生は草葉の陰でなんとおっしゃられているだろうか。

  テレビの申し子のように言われた双子の歌手ザ・ピーナッツ。連日画面に華やかに登場していたが、その中の一曲「情熱の花」はエリーゼのためにをアレンジしたもの。当時批判もあったようだが私は好きであった。

  楽器売場の少年の強烈な印象から四十五年、今年やっと「エリーゼのために」が弾けるようになった。

  楽譜が読めない私にはどうしてもミレミレミシレドラよりもジョウネツノハナとメロディーが頭に浮かんでいる。黒鍵の間に入りきらない太い指、その指が思い通りに動かないじれったさ。そんな才能の無さはすべて年のせいにして、遅々として進まない練習の成果にも焦ることなく頑張っている。

  「他人に聞かせるようになるにはちょっと時間が足りない」と言ったら若いピアノの先生は笑っていた。
 

第191号  灰になるために生まれてきたんじゃない

第191号  灰になるために生まれてきたんじゃない
 
灰になるために生まれてきたんじゃない

出来たばかりのコンクリート舗装の路上に白い大きな犬の死体が横たわっていた。

開通間もない国道十一号。現在は県道三十三号になっているが、私が高校に通っている三年間に工事が進められて、出来上がった真新しい路面に無残な姿があった。最近では路上に死んでいる犬猫を見るのは珍しくもなくなったが、半世紀も前の光景が強烈に脳裏に残っている。今も通勤時に通る道である。

悲惨な交通事故死は人間も同様で悲しむべきことであるが、その犬猫の命が不慮の死ではなく、まるで売れ残ったコンビニの弁当のように処分されていると聞くと人間のおぞましさに恐怖感を覚える。

それは連日報道される幼児虐待、いじめ、陰惨な殺人事件等殺伐とした世相に現れているようにも思える。

知人が「小さな命の写真展」として、保険所等で殺処分される前の犬猫の表情を写した写真展を常盤街商店街、ホームセンター、駅構内、市役所等々で開催している。

この命、灰になるために生まれてきたんじゃない。全国で一日に約一千頭の犬猫が二酸化炭素に依って殺処分されている。香川県は人口当たりの殺処分数は全国ワースト五位だそうだ。その費用は全国で二十四億円と聞くこれ全て税金で賄われている。

人の癒しの為に、命の尊さを共有する筈のペットが心ない一部の人と思いたいが、無責任に捨てられ殺される。

写真展の会場で売られていた児童書のノンフィクション作家、今西乃子著「犬たちを送る日」の冒頭の部分を要約して紹介したい。

一九七八年、野犬の撲滅対策として、ある県での犬の買い上げ制度を設けたときのことである。

犬を保険所に持ち込んだ県民には一頭五百円の報酬を出す。

そこに小学生三人が七匹の子犬を持ち込んだ。

「すみません、これ買うてくれるんですか?」

「これ?どうしたいん?」

「犬、一匹ここに持ってくれば、五百円くれるって聞いたけん。七匹で三千五百円やけんね。お金くれん?」

当時の三千五百円といえば、かなりの高額である。

「そのお金、何につかうんや?」

「プラモデルじゃけん!欲しいプラモデルがあるで、それ買いたいんや!はようお金ください」

「君らが連れてきた子犬、ここに来てどうなるか知っとるか?」

「・・・?」

「あのな、ここに連れてこられた犬は、みんなあと数日で殺されてしまうんや。この子犬もそうじゃけん。みんな殺されてしまうんやで。それでもええんか?」

「かまわんけん!はようお金ください!はよう行かんと、プラモデルやさん、閉まってしまうけん」

 親が教えたのだ。

「そんなに小遣いがほしかったら、野良犬の子犬を見つけて保険所へ持って行け」と。 

 命を金に換え、そのお金で自分たちの欲しいものを手に入れようとする少年達、それを容認する大人達がたまらなく悲しく思えた。

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