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第165号 拉致問題解決?
2005-04-01
  これから二年以内に北朝鮮による拉致問題は解決するであろうと言う真実味のある講演を聞いて来た。

  講師を匿名にする必要はないかも知れないが敢えてH研究所のY氏としておく。

  米国で長年政界を見てこられたY氏はブッシュ大統領を評して有言実行の人、どこかの政治家とは違ってやると言ったことは必ずやる人で、今は米国でも日本でもあまり評判は良くないが、歴史に残る大統領になることは間違いないと言いきっていた。

  講演会の翌早朝、大統領の就任式の演説で「米国は世界の専制政治の終焉(シュウエン)が究極の目標だ。それは我が国の自由を守る為に必要なことだ」

  ホワイトハウスの中の様子に詳しい人の話を聞いた後だけに素直に受け止めた。独裁者「金正日」が失脚するプロセスまで話されたが、それは省略させてもらうが北朝鮮が民主主義の国になれば、拉致問題の話し合いは一挙に進むだろう。

  評論家には米国の一国支配と受け止められて批判する人がほとんどだが、それほど悪い政治家ではなさそうだ。同じ朝、ラジオで大学教授がその演説についてアナウンサーの質問に答えて話していだが、評論家から一歩も出ていなかった。Y氏と評論家、どちらの見方が正しいのか、二年後が楽しみである。

  ニューヨークですでに金総書記の後がま探しまではじまっているが、まだそれらしき人は見つかっていないとまで言っていた。

  拉致問題が進展しない苛立ちに日本国民は早く経済制裁をやるべきとの声が高くなっているが小泉首相は慎重な態度を取り続けている。これもブッシュ大統領と何らかの話が出来ているからなのか、それとも単なる無策無能なのかは知るすべもない。

  拉致被害者の記者会見がしばしばテレビに映し出される。あの人達は必死なのだ。切羽詰まった気持ちなのだ。これは日本国民等しく共有していかなければならない気持ちだと思う。 政治家はそれに応えなければならない。国民の生命財産を守るのが政治の最大の使命。献金をしてもらうのに現を抜かしていては政治は出来ない。一億円貰って記憶にない、果ては責任逃れにやっきになっている。大所高所に立つべき人にしてはあまりにみすぼらしい。そう言う輩は即刻国会から追い出すべきで、それくらいのことが出来ない政治体制では「金正日体制」と大差ないと心得なければならないだろう。

  幸いにも帰国出来た人達には拉致された長い長い日々の空白を埋めてあまりある豊かな人生を送ってほしいと願わずにはいられない。身近な人達の暖かな人情、心の支え、それが自然に伝わる日本であってほしいと思う。

  イラクでは混迷が続いて、米国の犠牲者はすでに一千三百人を越えた。その戦争を決断した大統領の人権に対する責任問題は出ないのか、我々素人には理解出来ないが、米国民には国の為に犠牲になった誇りのような精神があるらしい。それはかっての日本ではなかったのか。いや自国を愛するのは万国共通のはずだ。それが一部の人間の欲望の為に使われたから問題であって自国民の幸せの為の犠牲はなによりも尊い。

  米国のエゴと見るか、自由の伝道師と見るか、その回答は歴史に委ねるしかないが、一日も早く拉致問題が解決されて、被害者達の笑顔の会見が見られることを期待したい。
 
第164号 住まい
2005-01-01
  平成十六年は記録に残る猛暑に台風は十個も本土に上陸。平均の四倍近くで当たり年では済まされない異常な年であった。それに十月二十三日の夕方に新潟地方で起きた強い地震、その余震が続いている中、テレビに映し出される被災者の様子に心が痛む。

  台風の被害が比較的少ないと言われる香川にも全国ニュースで流れた被害が幾度かあった、その中で集会場へ避難していて濁流に飲まれて母娘が死亡したのは、なんとお得意様の従業員の奥様とお母様であった。結果的には自宅に居れば死なずに済んでいた。悔やんでも悔やみきれないが、運命とはそう言うことを言うのだろうか。

  子供の頃、嵐の中を毛布か布団かをかぶって倒壊しそうな我が家から近所の家に避難した記憶が蘇ってくる。又、強風に弓なりになって今にも外れそうになる雨戸を必死で押さえていたこともあった。

  台風が来ても何の心配も無い家に住みたい、その思いは強く子供心に焼き付いていた。

  国土の狭い日本。風光明媚な一方で危険な住宅地に住まざるを得ない現実もある。なぜそんな危険な場所に住宅があるのか。不思議に思えることもあるが、長年住み馴れた人には掛け替えのない住まいなのだろう。唯、土砂崩れなどで被災したその多くは悪徳業者による不備な造成、欠陥住宅ではないのか。行政も災害の度に「予想を越えた風雨であった」で済まされる。そんな予想をされたのでは困るのだが、経済効果に重きをおくと致し方ない事か。もう少し人の暮らしに力点を置いた方策が考えられる行政にはならないものか。

  我が家は三十数年前に約三十坪を初めて建ててその四年後に二十坪余りを増築、数年前に玄関を東に移す為にまた二十坪ほど建て増しをした継ぎ足し継ぎ足しの家だが、今までに台風で雨漏りひとつしたことはない。殊に最初に建てた家は大工さんに、この家の寿命はどのくらいかと尋ねたら、まあ三十年が良いところか。と言われた。当時それから三十年は随分長いと感じていたが、 なんのことはない、もうとっくに過ぎている。
住宅設備メーカーの展示場を見て、また家の改築の欲望が頭をもたげた。猛暑の中、リビングのリホームにかかる。埃と汗に塗れて大工さんが頑張ってくれる。ころころ変わる我が家の気ままな要求にも嫌な顔ひとつしないで丁寧な仕事をしてくれる。ものはついでにと我が書斎になっている三十数年前の部屋も改造、天井と床は遮音シート、吐き出しのアルミサッシの窓は防音用の二重ガラス、壁も遮音にやりかえたかったが、テッペイ石とレザー張りの壁に三十数年前の思い入れがあって遮音カーテンで我慢をする。遮音にこだわったのは、いつの日かここにグランドピアノが置かれるのを夢みている。置く場所は出来たのだが弾く腕が意のままにならず、夢に終わる可能性大か。

我が家は決して贅沢な造りではない。木材等は最低限のものを使っている。それでも丈夫なのは施工してくれた大工さんの心だと思っている。今年何度か襲来した台風が、取り替えたサッシにまともにぶつかってくる、しかし、レースのカーテンが微動だにしない。材質の進歩と取り付けた大工さんに感謝。

  新装なったリビングに続くウッドデッキから見渡せる庭に穏やかな年を予言する平成十七年の初日が輝くことを願っている。
 
第163号 孫
2004-10-01
  「この娘は父親似やな」「いや母親似やろ」

  目もとは誰に、鼻は、口は誰それに似ているのと違う?

  この世に生まれてきてまだ一時間も経たない赤ちゃんを見て親族一同賑やかなこと。当の赤ちゃんは静かに眠っている、うっすらと目でも開けようものなら一斉に歓声があがる。

  母親は分娩台に寝たままでその横に母親から見えるように赤ちゃんは寝かされている。

  初孫誕生、六十四歳にしてやっとおじいちゃんになった。

  「なんでこんなにかわいいのかよ、孫と言う名の宝物」と大ヒットした歌があるが、正直なところあまりに当たり前過ぎる歌詞で好きではないが、これからその当たり前を地でいくことになりそうである。

  今はデジタルカメラとか携帯電話にもカメラ機能が付いていて写真は撮り放題、かわいそうにフラッシュが眩しいではないか、目が見えるわけではないだろうが、思わず制止したくなる。そのおびただしい数の写真がパソコンから即座に映像になって出てくる。印刷された写真の中に目がぱっちりと開いた一枚、これはどこかで見覚えのある顔だ。紛れもなく私の幼い時の顔だ。

  今年の二月末に九十一歳で急逝した母も「なにも思い残すことはない」とは言って旅立ったが、内孫の嫁の大きくなったお腹を擦りながら、せめてこの子の顔を見るまでは生きていたいと思っていたに違いない、仏様の前に分厚いひ孫の写真を飾ってある。

  母の生きた九十年と、これから生きていく孫の時代はどうなるのか。母の九十年は紀元の年数で言えば五%に満たないが、その時代の変化で言えば何十倍何百倍も変わっていると言えるだろう。このまま突き進めば人類が地球では住めなくなるのはそう遠い話ではない。大気汚染に温暖化、なにより水の汚染が深刻だ。しかし、私の命のある二,三十年は大丈夫と高を括っていたが、孫の顔を見ているとこれは大変だ。地球環境にもう少し関心をもって身近に出来ることからやって行かなければならない。子孫に美田を残す意味を実感させてくれた孫の誕生でもあった。

  精神年齢二十歳代を自認してはばからないのだが、孫におじいちゃんと呼ばれることになんの抵抗も感じないように思えるのはやはり自然の摂理なのだろう。
 
第162号 トップの責任
2004-07-01
  三菱ふそうトラック・バスのリコール問題が報道される度に思い起こされることがある。

  三菱と言えば日本を代表する財閥グループ。                                              

  二十年余り前であったと思うが、当時も三菱自動車はグループのお荷物で、そのグループの社長会で当然その社長は末席に座っていた。ところがその社長の椅子がいつの間にか上座になっていた。グループ内の優良企業になっていたのだ。

  世間はその当時の社長は運が良かったと言うかも知れないが、それは間違いで、その社長が自らの力でお荷物と言われた会社を優良会社に育てたのだ。

  最近の度重なる無様な不祥事、果ては経営危機の現状をその社長はどんな思いで見ておられるのだろうか。

  無責任な自己保身だけを考えている人間がトップに立つとこうなると言う見本に思えてならない。その為に何の罪もない人の人生を大きく狂わせてしまうのだ。

  欠陥を早く認めて対処していれば、若い母親が子供の目の前で命を落とすことはなかった。運輸業を営む運転手の人生を狂わすこともなかった。それらの企業の責任は、その企業のトップの全責任である。

  この事件は今の世相の象徴のように思えて誠に残念でならない。

  優良企業は優秀なトップが率いているから優良企業であって、そこに無責任なトップを頂くとたちまちその地位は崩れる。老舗、一流企業と言われた会社がいとも簡単に潰れていったのは全てそこに起因する。これは小さくは家庭、学校、地域、国、そして世界情勢も全く同じこと。そう思うとなんだか背筋が寒くなるような思いがしてくる。子供に責任を持たない親。学級崩壊が起こっていても知らぬ顔の校長、支持率の高い理由が他にふさわしい人がいないからと言う総理大臣。誠に嘆かわしいトップの人材不足の昨今であるが、これも時代の流れと諦めるしかないのか。

  諦めついでにプロ野球の実況中継の解説が面白い。どう見ても監督を失格した解説者が監督批判をやっている。これには思わず吹き出してしまったが、楽しめれば良いショービジネスだからこれも楽しみの一つと思えば許されることか。しかし、勝負の世界は勝たなければならない。監督の采配で勝ったと言える試合は長いペナントレースの中では、ほんの数試合しかない、などと、のんきなことを言っていては監督は務まらない。

  キャンプから始まって、チーム造りの全責任は監督にあるはずだ。いくら良い選手を集めても監督に統率力がなければ、勝負には勝てない。

  政治、経済評論家と言われる人がテレビ等で立派な理屈を並べるくれるが、さてその人達は理屈通りになにが出来るのだろう。言ってる暇があったら実行して下さいと言いたくなるが、ふと我にかえって気が付くと自分も評論家になっているのではないか。

  会社の駐車場に並ぶ社員の通勤用の車を見る度に、この車には何人もの家族が乗っている。その生活を守っていかなければならない全責任がある。それはわずか二十台足らずの車で、三菱ふそうトラック・バスのリコール問題を他山の石とするには余りにも大き過ぎる石だが、このささやかな会社を心して守っていかなければならないと自らを戒めている
 
第161号 セキュリティ
2004-04-01
  「ホームセキュリティしていますか」

  テレビで長嶋さんが笑顔で語りかけています。

  安全が当たり前であったはずの日本が、いつの間にかマイホームに警備保障が必要になってきた。これは笑ってはいられない。

  ある防犯機器メーカーのセキュリティ商品の説明会があった。その時のアンケートで受講した人の三分の一が、自身または身近かで盗難や窃盗にあったことがあると答えている。

  穏やかな土地柄と安心しているこの香川も、なんと過去五年間の犯罪件数の増加率全国ベストテンの中に堂々とランクされているのだ。

  我が社も何年か前に警備会社と契約して警備料を支払っている。これで安心と思いきや、これが全く効果がないことが判明。

  ご承知の通り銀行のキャッシュコーナーや宝石店が壊されて現金や貴金属が盗まれる事件が続発しているが、その現場は間違いなく警備会社によって警備されているはずである。それがいとも簡単に賊に襲われる。理由は至極当たり前の事で、賊は数分と現場には留まっていないのだ。警備会社が異常をキャッチして現場に到着した時にはすでに賊はいない。

  わが社も今までに数限り無いほど防犯センサーがはたらいて警備会社にご足労をかけているが、その度に風の影響か、鳥がいたようだ、で済まされている。もしかして屋外にある電線やパイプを積んで行かれたかも知れないのだがその確証はない。たまりかねて防犯カメラを設置した。今のところは疑いを晴らす為に映像を再生したことはないが、なんの為に警備保障料を支払っているのか。泥棒に、ここは警備保障がはいっていると警戒させるだけのことなら、いささか高額過ぎるのではないか。

  防犯機器はわが社の営業品目に入る商品なので、これが多いに売れることは商売としては結構なことだが、そんな世の中を喜ぶ気持ちにはなれない。

  商売気がないと笑われるが、その商品によって、お客さんの身が守られ盗難が防げたとしたら、これは大いにお客さんに貢献したことにはなる。

  衣食足りて礼節を知る、のは死語になったのか、衣食溢れて礼節忘れ、になったのではなんの為に戦後の焼け野原から懸命に働いてきたのか、嘆く人は少なくないだろう。ただ懸命に働くことの中に、懸命な子供の躾が含まれていなかったことが悔やまれる。

  そしてこの無防備な国に、外から来てやりたい放題にされているように感じられ、これは国民の意識だけでは防ぎようがない。外国から見て、日本の国で犯罪を犯せば生きては帰れない、と言うくらいの意識をもってもらえる国にしなければならないと思うのだが。

  どこかの国では立ち小便をしただけで死刑になりかけたこともあると聞く。その場所にもよるのだろうが、国の習慣、節度をきちんと定めなくてはならない。

  人権とか差別とか、屁理屈が多くて法整備が進まない。これは政治家の怠慢で国民の生命財産を守るのが政治家の最大の使命であることを忘れているように思えてならない。

  小泉首相もやっと治安の回復を口にするようになった。元内閣安全保障室長の佐々淳行氏の講演でも役人がようやく庶民感情が分かってきて法整備に取り掛かりつつあるとのことだったが、もう少しそのスピードを上げて世界一安全な国、日本を復活させてほしいものである。
 

第191号  灰になるために生まれてきたんじゃない

第191号  灰になるために生まれてきたんじゃない
 
灰になるために生まれてきたんじゃない

出来たばかりのコンクリート舗装の路上に白い大きな犬の死体が横たわっていた。

開通間もない国道十一号。現在は県道三十三号になっているが、私が高校に通っている三年間に工事が進められて、出来上がった真新しい路面に無残な姿があった。最近では路上に死んでいる犬猫を見るのは珍しくもなくなったが、半世紀も前の光景が強烈に脳裏に残っている。今も通勤時に通る道である。

悲惨な交通事故死は人間も同様で悲しむべきことであるが、その犬猫の命が不慮の死ではなく、まるで売れ残ったコンビニの弁当のように処分されていると聞くと人間のおぞましさに恐怖感を覚える。

それは連日報道される幼児虐待、いじめ、陰惨な殺人事件等殺伐とした世相に現れているようにも思える。

知人が「小さな命の写真展」として、保険所等で殺処分される前の犬猫の表情を写した写真展を常盤街商店街、ホームセンター、駅構内、市役所等々で開催している。

この命、灰になるために生まれてきたんじゃない。全国で一日に約一千頭の犬猫が二酸化炭素に依って殺処分されている。香川県は人口当たりの殺処分数は全国ワースト五位だそうだ。その費用は全国で二十四億円と聞くこれ全て税金で賄われている。

人の癒しの為に、命の尊さを共有する筈のペットが心ない一部の人と思いたいが、無責任に捨てられ殺される。

写真展の会場で売られていた児童書のノンフィクション作家、今西乃子著「犬たちを送る日」の冒頭の部分を要約して紹介したい。

一九七八年、野犬の撲滅対策として、ある県での犬の買い上げ制度を設けたときのことである。

犬を保険所に持ち込んだ県民には一頭五百円の報酬を出す。

そこに小学生三人が七匹の子犬を持ち込んだ。

「すみません、これ買うてくれるんですか?」

「これ?どうしたいん?」

「犬、一匹ここに持ってくれば、五百円くれるって聞いたけん。七匹で三千五百円やけんね。お金くれん?」

当時の三千五百円といえば、かなりの高額である。

「そのお金、何につかうんや?」

「プラモデルじゃけん!欲しいプラモデルがあるで、それ買いたいんや!はようお金ください」

「君らが連れてきた子犬、ここに来てどうなるか知っとるか?」

「・・・?」

「あのな、ここに連れてこられた犬は、みんなあと数日で殺されてしまうんや。この子犬もそうじゃけん。みんな殺されてしまうんやで。それでもええんか?」

「かまわんけん!はようお金ください!はよう行かんと、プラモデルやさん、閉まってしまうけん」

 親が教えたのだ。

「そんなに小遣いがほしかったら、野良犬の子犬を見つけて保険所へ持って行け」と。 

 命を金に換え、そのお金で自分たちの欲しいものを手に入れようとする少年達、それを容認する大人達がたまらなく悲しく思えた。

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