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 第212号  庭園灯  平成29年1月1日発行  
2017-02-01
庭園灯                           
 
        
 二〇一六年は観測史上例のない台風が発生した。その一号は七月三日と例年より遅く、二号も七月二十四日とゆっくりであったが、三号からは次々に発生して二号から一カ月で十一号まで発生。その中の三つが太平洋から北海道に直接上陸すると言う、今までに記憶にない現象が起きた。さらに十号は八丈島付近で発生して何と南大東島まで南下してUターン、太平洋上を再び北上して、こともあろうに震災復興中の岩手県に上陸した。
 台風と言えば沖縄付近から北上して西日本のどこかに上陸するのが常だが、香川県は四国山脈、讃岐山脈に守られて比較的に被害は少ない恵まれた地域で、これまでに被害と言えば、田んぼの稲が倒れて稲刈りに苦労されている様子を見る程度の記憶しかない。
 八月の異常な台風から九月になると従来の台風がやってきた。確か十二号であったと思うが、風よりも雨が激しく、九月八日(木曜日)未明に目を覚ますと停電をして電気機器の表示パイロットが全て消えている。近所を見渡すとどうやら我が家だけらしい。
 引込み盤を覗くと漏電ブレーカーが落ちている。分岐のブレーカーで漏電している回路は直ぐに分かったが、その回路のどこが漏電しているのか、自分で配線工事をしておきながら見当が付かない。プロとしてお恥ずかしい話だが、休日まで待って調べることにする。       
 原因は芝生の庭園灯であった。半世紀前に設置した水銀灯であるが、常に点灯はしていたのだが、ゴムキャプタイヤ―コードがパイプの中で劣化して絶縁が利かなくなっていた。コードだけ取り換えようと思って、ふと思い出す。
 同じ時期の庭園灯が天井裏で眠っている。デザインは違うが、取り出して見ると傷みも錆びも全くない。天井裏の居心地が良かったのか、新品同様である。唯、最近のLED化には逆行するが、それ以上にこの庭園灯には思い出がある。
 電気業界に入って間もない頃、日本は高度成長期で景気の良い時代であった。各メーカーが新商品を発売する度に拡売をする。お得意先へ訪問販売をするのであるが、それが売れた時代であった。元々商売の苦手な私は、言わば押し売りのような、この拡売は到底出来そうにない。そこで先輩が、よし!一緒に行こう、と助けてくれた。庭園灯もその拡売商品の一つで、売上結果は何と社内でトップであった。その時にもらった賞品が半世紀ぶりに日の目を見たこの庭園灯である
 後日、偶然にもそのお世話になった先輩が元気で大阪の堺で居られると教えてくれた人がいた。
 大阪出張時にお会いをしてくる。四十年振りの再会であった。当時の同僚達もすでに何人かは亡くなられていたが、八十才を超えられていたその先輩は、当時の姿そのままで、半世紀近くの月日は全く感じられない。庭園灯の話をすると「そやそや、そんなことあったな、あの頃は良い時代だったな」と懐かしそうに、微笑まれた。
 あの時にその先輩が居なかったら、助けてくれなかったら、今日の私はなかっただろう、現に同じ年で同時に三人入社したのだが、二人とも早々に辞めてしまった。
 異常な雨台風の性だけではないだろうが、半世紀ぶりに灯った庭園灯が、元気な先輩の姿を照らし出しているように見える。
 綾歌郡綾川町
 
第211号 アメリカ 平成28年10月1日発行
2016-10-05
アメリカ
 
  アメリカは危険なところと言うイメージがあって決して行きたいとは思っていなかったが、やはり世界の中心都市は見ておきたいと思い立って、アメリカ東海岸、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィア、ワシントンの格安ビジネスクラスのツアーに申し込む。
  成田国際空港からニューヨーク、ケネディ空港まで直行。
  その日は空港からバスで三十分程のホテルで泊まる。足腰伸ばして快適な空の旅であったが、空港から乗ったバスがなんとガタガタ、ホテルに着くまでにすっかり疲れてしまう。自動車も道路も最先進国のバスと、道路がこんなにお粗末とは意外であった。
  あくる日はボストンまで五時間のバスの旅。昨日のバスに比べると見掛けは綺麗であったが、乗り心地は変わらず悪い。
  行き交う普通車の半分くらいは日本車のように思えるが、それだけ日本の車は信頼されているのだろう。なぜかバスの日本製は見当たらない、アメリカ人が日本製のバスに乗ったら、その乗り心地の良さに驚くだろう。
  「ボストン」その名はマラソンでしか知らなかった。暗い感じの田舎町と言うイメージであったが、そこは流石にアメリカ。洗練された大都市、ヨーロッパ人が最初に上陸したアメリカ発生の地でもあった。
  独立宣言はフィラデルフィアであったが、その元々の地はボストンで、そこにはハーバード大学が一六三六年、日本の江戸時代初期に創立されている。他にも有名大学が多数ある学園都市でもあった。
  街中にボストンレッドソックスの球場がある。松坂選手が活躍したところだが、ニューヨークのヤンキースタジアム同様に、遥々日本からきて異国の地で活躍するのは大変だろうと想像していたが、近くでその球場を見ると、不思議に日本に居るのと同じ感覚になる。松井選手もそんな日本と同じ感覚でプレイされていたのだろう。最多安打で話題のイチロー選手も日本でとか、アメリカでとか言う感覚は多分本人にはないのではないか。
  ボストンで一泊してニューヨークに戻る。ハドソン川河畔のレストランで夕食、川向は憧れのマンハッタンの高層ビル街、日が沈むにつれて摩天楼の光が輝き始める。
  世界のビジネスマンの憧れ、羨望の街が目の前に広がっている。
  あくる日は朝から、二〇〇一年九月十一日に起きたテロ事件の現場へ。今年から観光客が、そのエリアに立ち入ることが出来るようになった。倒壊した二棟のビルの跡は遺族の希望で犠牲者三〇二五人の名前を掘った銅板で囲まれた慰霊の場所になっている。復興計画では以前と同じ高さのビルが六棟建設され、後一棟の完成が待たれるだけになっている。
  ニューヨークの中心地の老舗ビルに工事用のフェンスが張られて、その一角に「TRUMP」の名前がある。話題の大統領候補のトランプ氏が、購入して高級ホテルに改装中だそうだ。果たして大統領選挙の行方は?
  アメリカ独立宣言の地、フィラデルフィア。
  独立記念館の中にある「リバティ・ベル」自由の鐘は重要な出来事の度に鳴り響いたアメリカのシンボル的な存在だそうだ。
  首都ワシントンは、ケネディの眠る広大なアーリントン墓地、日本の桜で有名なポトマック河畔、アメリカの豊かな歴史を感じさせられた旅であった。
 
 第210号 孫  平成28年7月1日 発行
2016-07-06
         孫                           

   今年の春に小学五年生になった孫が、春休みに中国に行って来る。飛行機も、もちろん中国も初め
ての事である。
「瀬戸内日中友好卓球交流会」で選ばれて参加したのだが、親の付き添えなしで、お世話頂く方に、ご迷惑惑をおかけするのではないか、と心配したが、案ずることもなかった。
 この「瀬戸内日中卓球交流会」は岡山の日中友好協会に、香川の元卓球世界チャンピオンの徳永(旧姓深津)尚子氏、栗本(旧姓松崎)キミ代氏が参加されて昨年(平成二十七年)青島(チンタオ)市で第一回交流会が行われて協定書の調印式も行われた。
 今年は交流会として二回目の青島市訪問であったが、なぜ孫が選ばれたのかは定かではない。参加チームの編成は香川県から五人、岡山県から五人で合計十人。
引率は岡山の中国語が堪能な方とコーチ、香川からは、クラブのコーチの奥様であったが、大変な労力、気遣いであられたと思う。
 海外旅行には慣れている筈の私にも、あの入国検査、手続きは面倒に思えるのに、小学生で無事に通過できるのか。引率の皆様のご苦労が目に浮かぶ。
岡山空港から、韓国仁川国際空港経由で青島流亭国際空港に。国際線の乗り換えも大変だ。殊に帰路は時間がなくて間に合わないと翌日の便になると連絡も入っていた。
 現地での様子は、聞いても中々話してもらえないが、食事文化の違いは感じたようだ。
「豚の足がそのまま出てきた。ぶよぶよで気持ち悪かった。なんの虫か、つくだ煮の様なのが出てきて一匹だけ食べた」。
 迎えてくれた中国の方々は、親善交流の為に心からのおもてなしであったのだろうが、好き嫌いの全く無い孫にも中国料理は馴染めなかったようだ。
 肝心な卓球は、九時から十二時まで練習して、昼食を挟んで三時まで休憩、三時から五時まで練習であった。半日観光も二回ほど連れて行ってもらっていた。 
 一週間で一番上達した、と褒めてもらって、成果は大いにあった。それに中国の友達も何人か出来たようでこれからが楽しみでもある。
 帰国して、直ぐに愛媛県松山市で試合があって、六年生を負かして優勝してしまった。
そのラリーをビデオで見たが、これが小学生の試合かとか、と目を疑う。爺馬鹿には世界選手権に見えてくる。
 一学年上の六年生になる孫娘は弟同様に週四回こちらはバレーボールの練習に通っているが、そんな弟に刺激されたか、卓球も我が家で始めて見違えるように上手くなった。
 毎年恒例の弊社の社員、メーカー、金融機関等の担当者の人達が集って、我が家での花見の宴に、一昨年から卓球大会が加わった。全員参加のトーナメントでなんと、今年はその六年生の孫娘が優勝してしまった。自ら参加を希望したのは、自信があったのだろう。それにしても、小学生の女の子に誰も勝てないとは、大人達も情けない。
 卓球台に向かうと、大きな声で「オッ」と男らしく勇ましいが、家では母親の膝で甘えている。その落差が微笑ましい。
「婆ちゃん、卓球のオリンピックで勝ったら百万円くれる?」
あげるよ!と答えたら、
「百万円でフギア幾つ買えるかな」だって! 確かにまだ小学生だ。

 
 
第209号 アンコール遺跡 平成28年4月1日発行
2016-07-06

        アンコール遺跡  

 

 飛行機に乗る時は可能な限り窓際の席を取ることにしている。ぼんやりと下界を眺めているのが好きなのだ。

 関西国際空港からベトナムのホーチミンで乗り継いで、アンコール・ワットのあるシェムリアップ空港に向かう。

 あれ? 何故、海岸沿いに北上するのか。アンコール・ワットは内陸のはずだが。

 認識不足であった。海ではなくて湖であった。トンレサップ湖。琵琶湖の十倍と言うから島根県とほぼ同じ面積だ。その湖上を飛んでいたのだ。その湖の北、森の中にアンコール遺跡がある。

 平成二十七年の師走の中旬にカンボジア、ベトナムを訪れる。なにも年末の慌ただしい時に行かなくてもいいように思うが、業界の組合員九名の諸事情で、そんな時期になる。

 東南アジアは5月から11月が雨期で暑い。乾期で涼しくなっている季節を選んだつもりであったが、それでも気温は30度を超える。

 現地の人は慣れているとはいえ、さすがに猛暑のお昼時は二時間程休憩を取るのが習慣のようで、我々観光客もホテルで休養させられたが、シャワーで汗を流して下着を替えて確かにこれは助かった。

 アンコール遺跡と言っても、それはアンコール・ワットの事だろう、と言う知識しかなかったが、それは九世紀から十三世紀にかけて栄えたクメール王朝で、大きなものだけで約六十もの遺跡がある。

「アンコール・トムにご案内します」と言われて、え? アンコール・ワットと違うの?

 お恥ずかしい限りだが、アンコール・トムは一辺3kmの堀と高さ8mの城壁に囲まれ、5つの城門がある。その中の巨大なバイヨンの四面仏の1つが、日本の漫才師で女優でもある大口な美人に似ていると言われて、なるほどと親しみを感じる。

 アンコール・トムから森の中を南へ1.5km程。やっとアンコール・ワットヘ。写真で見ていたイメージそのままだが、広い。東西1.5km 南北1.3km。三重の回廊で囲まれている中央塔は高さ65m。第一回廊には長さ50mもある神話の壁画。美しい古代の女性像などの壁画を見ながら、第二回廊を回り終えた時には、皆疲れきって最後の第三回廊への急階段に挑戦したのは私と他には一人だけ。森の中の世界遺産の眺望を楽しむ。

 翌日は機上から見たトンレサップ湖の遊覧。トレンは川(トンレのはずだが?)サップは淡水湖の事らしい。雨期と乾期で湖面の高低差が5mもある。雨期にはメコン川から逆流して水嵩が増すのだが、島根県が5mの水に沈む量とは驚きだ。そこに住む水上生活者は大変だと思うが、高床にしたり、雨期と乾期で住まいを移動して順応している。

 湖全体では百万人もの水上生活者が居るようだが、遊覧船で回る湖のほんの一部のところにでも六千人ほど水上で暮らしていた。湖上に学校も教会もある。

 東南アジア最大の湖は香川県民とほぼ同じ人口の住居場所でもある。

 アンコール・ワットの観光客数も長年日本人がトップであったが、昨年は四番目に落ちた。当然のように中国がトップ、続いて台湾に韓国。近年の経済発展の状況を感じさせられた旅でもあった。

 
 第208号 人のために 平成28年1月1日発行
2016-03-03
      人のために                           

 
                                        坂東重明

「人のためになることを考えなさい」
 久しぶりに聞いた言葉のような気がする。
 ノーベル生理学・医学賞を受賞された、大村智氏が祖母から繰り返し教えられた言葉だそうだが、それは皆が当たり前のように分かっていることなのだが、その実は忘れられているのではないか。新鮮な響きで聞こえたのは、今の世が余りに自己中心主義になってきたからか。
 脳科学者の茂木健一郎氏も「人間の脳には、他人のために何かをするという利他的な行動を、自らの歓びとして感じる回路があることがわかっている。人と人との絆は、利他性のネットワークをつくることで、人々を深いところから幸せにしていくものかもしれない」
 人と人のかかわり、他人への思いやりが自らの幸せにつながることが実証されている。
仕事柄、毎日経済新聞を開いて感じることは大手企業の業績が過去最高益、増収増益、収益上方修正と言った記事が連日大見出しで報道されている。にもかかわらず、庶民の幸せ感は一向に良くならない。不況と言う日本の失われた二十年、やがて三十年にもなろうとしているのはなぜだろうか。
 超大手企業が、社長三代に渡って不適切会計を指摘された。その社長には世の為、人の為を忘れて、ひたすら自己保身だけを考えていた結果だ。社員の幸せを思う気持ちは毛頭なかっただろう。 極端な表現をすれば、社員、雇われ人は奴隷制度のように考えていたのではないか、全ての企業のトップが社員の幸せを第一に考えていれば、不況などはとっくに克服されていたと私は思っている。
 会社はその社員が生活をしていく為の糧を得る場で、社会制度の重要な仕組みだ。働いた分相応の報酬を得て社員が幸せを感じられる社会でなければならない。そうなれば危機を伝えられている社会保障制度など簡単に解消されると浅学な私は考えている。
 我が母は、人の為になる、と言うような大それたことは言わなかったが、人様に迷惑はかけるな。どこかで誰かがみているから、陰日向はするな。そして印象に残っているのは我が子を何処かへ預けて、旅行に行ったとする。綺麗な景色、美味しい料理を目の前にしても、これは自分よりも子供に見せたい、食べさせたいと思うのが真の親心だ。これは子供をほったらかしにした何かの事件があった時に、ふと出てきた言葉だったと思う。そして我が子に見放された老人が、他人様の親切に騙されて、多額の金を取られた事件の時も、そもそも我が子に見放されるような人になんで他人が親切に近寄ってくるのか、その位のことが分からないようでは、騙されても仕方がない、と。
 近年、いろんな手口で、高齢者が騙され金を取られる詐欺事件が多発しているが、老人達よ、もう少ししっかりしてほしい、と言いたい。あなたには犯人を諭すくらいの人生経験がある筈だから、と思うのだが、これは騙し取られるほどの金の無い私の僻みか。
 真に人の為を思う心があったら、物事の嘘か真かは自然に感じとれるのではないか。
 松下電工(現パナソニック)を電材業界のトップメーカーに育てた丹羽正治氏は、常に相手の立場に立った物づくりに徹しながら、大きい会社より良い会社と言い続けられていたが、極零細企業の弊社も社員が幸せを感じられる良い会社でありたいと願っている。 
                                        綾歌郡綾川町
 

第191号  灰になるために生まれてきたんじゃない

第191号  灰になるために生まれてきたんじゃない
 
灰になるために生まれてきたんじゃない

出来たばかりのコンクリート舗装の路上に白い大きな犬の死体が横たわっていた。

開通間もない国道十一号。現在は県道三十三号になっているが、私が高校に通っている三年間に工事が進められて、出来上がった真新しい路面に無残な姿があった。最近では路上に死んでいる犬猫を見るのは珍しくもなくなったが、半世紀も前の光景が強烈に脳裏に残っている。今も通勤時に通る道である。

悲惨な交通事故死は人間も同様で悲しむべきことであるが、その犬猫の命が不慮の死ではなく、まるで売れ残ったコンビニの弁当のように処分されていると聞くと人間のおぞましさに恐怖感を覚える。

それは連日報道される幼児虐待、いじめ、陰惨な殺人事件等殺伐とした世相に現れているようにも思える。

知人が「小さな命の写真展」として、保険所等で殺処分される前の犬猫の表情を写した写真展を常盤街商店街、ホームセンター、駅構内、市役所等々で開催している。

この命、灰になるために生まれてきたんじゃない。全国で一日に約一千頭の犬猫が二酸化炭素に依って殺処分されている。香川県は人口当たりの殺処分数は全国ワースト五位だそうだ。その費用は全国で二十四億円と聞くこれ全て税金で賄われている。

人の癒しの為に、命の尊さを共有する筈のペットが心ない一部の人と思いたいが、無責任に捨てられ殺される。

写真展の会場で売られていた児童書のノンフィクション作家、今西乃子著「犬たちを送る日」の冒頭の部分を要約して紹介したい。

一九七八年、野犬の撲滅対策として、ある県での犬の買い上げ制度を設けたときのことである。

犬を保険所に持ち込んだ県民には一頭五百円の報酬を出す。

そこに小学生三人が七匹の子犬を持ち込んだ。

「すみません、これ買うてくれるんですか?」

「これ?どうしたいん?」

「犬、一匹ここに持ってくれば、五百円くれるって聞いたけん。七匹で三千五百円やけんね。お金くれん?」

当時の三千五百円といえば、かなりの高額である。

「そのお金、何につかうんや?」

「プラモデルじゃけん!欲しいプラモデルがあるで、それ買いたいんや!はようお金ください」

「君らが連れてきた子犬、ここに来てどうなるか知っとるか?」

「・・・?」

「あのな、ここに連れてこられた犬は、みんなあと数日で殺されてしまうんや。この子犬もそうじゃけん。みんな殺されてしまうんやで。それでもええんか?」

「かまわんけん!はようお金ください!はよう行かんと、プラモデルやさん、閉まってしまうけん」

 親が教えたのだ。

「そんなに小遣いがほしかったら、野良犬の子犬を見つけて保険所へ持って行け」と。 

 命を金に換え、そのお金で自分たちの欲しいものを手に入れようとする少年達、それを容認する大人達がたまらなく悲しく思えた。

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