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第199号   卓 球   平成25年10月1日発行
2013-10-09
            卓  球

                                                         坂東重明
 我が家の目の前に一棟の学校があった。青年学校と呼ばれていたが、戦時教育の一環として建てられたのだろう。
戦後、保育所、公民館と使用目的は変わっていったが、現在は取り壊されて公園になっている。
 小学生であったか、中学生になっていたか記憶は定かではないが、一時その校舎が空き家になっていた。そこに卓球台が置いてあって勝手に入っては、卓球に興じていた。近所の仲間だったのか、同級生であったのか、数人は集まって楽しんでいた。その頃は我ながら上手いと自負していた記憶がある。相手がどんなに強烈に打って来ても簡単にショートバウンドでカットして返していた。対外試合にも行った記憶があるが、成績のほどは記憶してないところをみると、あまり良くはなかったのだろう。
 二人の孫が小学生になって、座敷の座卓で卓球ごっこをするようになった。婆ちゃんが地元のクラブで十年余りも励んでいるのに影響されたか。
 そこで思いついて、物置と化していた車庫を整理して、二坪余り増築をして、正式な卓球台を置くと立派な卓球場になった。
 孫はすっかりこの卓球場が気にいって、殊に二年生になった男の孫は、学校から帰ると「婆ちゃん卓球しよう」と言うらしい。
宿題がおわったら、と言うと、今までよもよもと中々進まなかった宿題が一気に終わらせようとする。意外な効果があった。
 好きなだけに上達も早い。卓球台から辛うじて顔が出ているくらいの背丈で、ラケットを思い切り振っている。
「婆ちゃん、本気できてよ」 と挑戦してくる
爺婆馬鹿は、「末は男愛ちゃんか」と期待している。
 毎年恒例の我が家での社員の花見でも、この卓球台で盛り上がった。誰でも気軽に楽しめるスポーツのようだ。
 五月の我が誕生日に社員から思いがけないお祝いをもらった。卓球のスコアボードである。卓上のカレンダーを使って手書きのお粗末なボードを見て気がついたのだろう。そんな心配りが嬉しい。
 昔取った杵柄、ラケットを握ってみるが、飛んでくる球が見えない。これが動体視力と言うものか。プロ野球の王選手が引退するときに、まだまだやれるように傍目では思えたが、ご自身でこの動体視力の衰えのようなことを言われていた。なるほどあれほど日々鍛錬されていても年には逆らえないのか。
プロの世界はいざ知らず、ボケ防止に、運動不足解消に孫に負けずに、ラケットを振ってみるか。
 生まれは二十二か月違う姉弟だが、学年では年子の三年生の姉も弟に負けまいと頑張っている
その孫二人と爺婆チームで混合ダブルスの試合をやってみる。まだまだ婆ちゃんの練習が勝っているのか、年の功か、孫に負けることはないようだが、これも時間の問題だろう
 我が卓球の原点である青年学校。ここで学ばれたであろう人たちが、今は公園になった同じ場所で、戦時訓練の為に持った竹槍をスティックに持ち変えてゲートボールを楽しんでいる。激動の昭和を生きた人たちの和やかな姿に安堵し、永久の世界平和を念じている
                                        綾歌郡綾川町
 
 
 第198号  ウルル     平成25年7月1日発行
2013-07-11

ウ ル ル

 

 

                                                                坂東重明

 ここで体のバランスを崩して転落すると四十一人目の死者になる。その恐怖と体力の消耗で息遣いが極限まで荒くなる。

高が三百四十八メートルの岩だ。登山としては初級程度と書いてあるのを甘く見ていた。傾斜角四十七度は真上に上がって行く感じである。ここに来て高所恐怖症であることに気付かされる。飛行機とかタワーの上から見る景色は好きなのだが、それは安全が保証されている。しかし、ここには階段も無ければ、休憩するスペースも無い。滑って鎖から手を離すと命はないのだ。登山経験のある人にはなんでもない岩かも知れないが、気持ちとは裏腹に体力はいつの間にか衰えていた、命を落とす恐怖を初めて体験する。

 オーストラリアのエアーズロック。発見したヨーロッパ人探検家の名前から名付けられていたが、近年原住民のアボリジニー保留地であることが認められて正式にウルルの名称になった。アボリジニーの聖地である。外周九.四キロメートル。一周出来る散歩道もあるが、ウルルの北東部は聖地で一切撮影禁止になっている。

神聖な岩に登るのはアボリジーにとっては快くはないが訪れる観光客の為に理解を示してくれているのだそうだ。それでも今までに岩上で亡くなった人が熱射病を含めて四十人と聞かされる。それは聖地に足を踏み入れた罰かも知れない。

 しっかりと鎖に掴って下から見える頂上まではなんとか登ったのだが、その奥のなだらかな一キロメートル余りはいささか心残りであったが断念する。

 何年か前からの憧れのウルルであったが、訪れてみて期待通りの岩であった。

 オーストラリアの東海岸のツアーは旅行案内に必ずあるのだが、ウルルへはオプションで行く程度の案内しかない。不思議に思っていたが、訪れてみてその訳が分かる。そこに行っても必ず登れると言う保証はないのだ。

天候によって登山口の扉が閉められると当然入れない。今回のツアーはウルルが主目的で三回挑戦の機会を用意していたが、初回で登れたのは幸運であった。翌日に訪れたシドニーの日本人ガイドに、一週間滞在してウルルに登る機会を待ったが登れなかったと、羨ましいそうに言われた。

 羽田から香港経由でケアンズヘ、そこで二日間滞在して、世界最古の熱帯雨林のキュランダ村でご他聞に漏れずコアラを抱いて写真撮影。緑の宝石と言われるグリーン島を散策。

 ケアンズからウルル(コネラン空港)へ。離陸して三十分も経つと眼下は赤茶けた荒涼とした風景、大陸の広さを実感する。二時間余りで憧れのウルルが、高さが一メートル程の雑木林が広がる中にくっきりと見える。そのウルルとカタジュタ(三十六個の岩の固まり)を中心として世界遺産に指定された国立公園の広さはなんと香川県と同じ広さだそうだ。

 天候に恵まれて、夕日に、又朝日に照らされて刻々色を変えるウルルの姿を満喫する。   

 私にはあまり関心のない星空だが天の川のその美しさには魅了される。

 南半球のコリオリの力にも興味があって、浴槽の水を流して北半球とは逆に右回転する渦を確認する。ケアンズに、ウルルにそしてシドニーでも日本人が明るく逞しく活躍されていたのが頼もしくもあり羨ましくもあった。

                                       綾歌郡綾川町

 
第197号    懐メロ       平成25年4月1日発行
2013-06-05
 会社に私宛の封書が届いた。差し出し人の名前も住所も無い。その小さな怪しげな封筒を開けてみる。
突然の便りを侘びた後にホームページをみてどうしてもお知らせしたかった、と。
どうやら弊社のホームページを見てくれた人のようである。
ホームページには遍路宿の今までの拙稿を載せてあるのだが、第百六十八号「御堂筋」にある神戸一郎が歌った「たそがれの御堂筋」がCDに編集されて発売されています、それを是非お知らせしたかったと、購入方法を教えてくれている。
長年レコード店、古本屋等探してもレコードも楽譜も見当たらなかった。偶々、地元のラジオ番組「あの歌に会いたい」に出演した時に、私の希望を汲んで放送局の廃棄物同然の別倉庫からレコードを探し出してくれて四十数年ぶりに聞けたのだが、封書の差し出し人も、この曲が好きで同じ思いの人がいたのが嬉かったと。 「メトロへ降りる階段の手すりに浮かぶ白い指・・・」このフレーズも好きで感動しましたと記されている。
教えてくれたネット通販から購入する。CD六枚セットで一万五千円。欲しいのはその中の一曲だけ。思い出の値段にしては高いか安いか。お蔭で車のナビの画面の後ろにCDプレーヤーがついているのも知らなかったのだが、その使い方を習って、HDDに録音して好きな時に流れるようになった。
封書の人に大感謝だが、お礼の出しようがない。どうやら人違いで失礼があってはいけないと遠慮して氏名を知らせなかったようだが、やはり手紙を書く時には自らの氏名は明らかにすべきだろう。
懐メロと言えば、昨年暮れに岡本敦郎が亡くなった。十日も経った一月八日の朝刊に小さな記事で「高原列車は行く」と載っていたが、歌手協会の理事長まで務めた大歌手の扱いにしてはいかにもさみしい。戦後生まれの人々には馴染みがないのか。
歌手が亡くなるとどこのテレビ局、ラジオ局も特集番組が組まれるのだが、興味深くみていたのだが、そうした番組はどこにも見当たらなかった。
私には、その代表曲でもある「白い花の咲く頃」が最初に覚えた流行歌である。六十歳でピアノを習い始めたが、当然この曲から教えてもらった。バイエルとか基礎練習は全くしないで、いきなりこれを教えて下さいと頼んだのだが、先生も呆れただろうが、根気良く教えてくれた。振り返ってみると、やはり基礎から習うべきであったかも知れないが、それでは面白くなくて途中で止めていたかも知れない。才能の無さを実感しながらも、なんとか今日まで続いているのは、先生の教え方の賜物か。
弊社のホームページも最近は更新されずに恥ずかしい姿になっているが、詳しい社員に任せてあったのだが、仕事が忙しく?てそこまで手が回らないらしい。
新年会で「これから会社のホームページの更新は私が出来るようにする」と社員の前で宣言した。これまで何度か習ったのだが、その都度中途半端に終っていた。
努力と言う言葉が嫌いで、気多くして成果のなかった人生も老い先短くなって、やっと「少年老い易く学成り難し」を実感している。
 
第196号   テレビ雑感      平成25年1月1日発行
2013-06-05
 テレビ放送がデジタル化されて画面が綺麗になったと同時にBSも増えて、好みの番組が選びやすくなった。とは言え、テレビ局も番組制作には苦慮しているのか、折角のチャンネル増も、商品を売らんが為の宣伝が延々と続く、ずばりショッピングだけの番組がなんと多いことか。購買意欲をそそる表現は見事だが、それにつられて購入すると大抵失敗する。
 実際に経験したことなので商売妨害にはならないと思うので、いくつか商品を紹介する 
簡単洗車のブラシ。水道の水圧でブラシが回転して汚れを落としてくれる便利な洗車道具だが、使い始めた途端にパイプが破損してしまう。そこは何とか私の器用さで補強して二、三度は使ったが、欠陥商品の典型だ。
蒸気で絨毯の汚れが取れる掃除機、これは期待したが、汚れにはなんの効果もなかった
美味そうな焼肉、5人前がなんと!・・。誇大文句もいいところで一人分にも足りない。この焼肉の宣伝には、それ以後始まると同時にチャンネルを変える習慣になっている。
BS放送の番組は、そんなショッピングと再放送が主体のようで、お蔭で今まで人殺しドラマは一切見たことはなかったのだが、美人の浜木綿子の演技の心地良さに魅かれてサスペンスを見るようになった。どう見ても不釣合いな、左とん平とのコンビが笑わせてくれる。そのなかにこのしつこい焼肉の宣伝が入る。反射的にリモコンを手にする。
浅見光彦シリーズもルポライターの主人公が刑事局長の弟と分かって、所轄の警官が平謝りする場面はいかにも視聴者を愉快にさせる演出だが、それよりも、母親役の加藤治子の、いかにも上品な家庭の雰囲気の一分間足らずのラストシーンが好きだ。
それにしてもドラマとは言え、なんと簡単に人を殺してしまうのか。ストーリとして初めの犯行を隠す為に殺人を繰り返す。首を絞め、包丁で刺す、崖から突き落とす、毒物を飲ます、作者としてはよりリアルに、迫力を追求したいのだろうが、それが世相に与える影響は考えないのだろうか。ドラマはドラマを見る側の責任だ、とでも思っているのか。
 東日本大震災時の津波の映像の中には流されている人影はどこにもなかった。何百人、何千人の人が犠牲になったのだから、あの濁流のなかに人がいないわけがない。それはテレビ局が巧妙に人影を消した、と聞いているそんな思いやりのあるテレビ局が、ドラマになると、なぜ残酷な映像を追求するのだろう
毎日のように報道される殺人事件は、あながちテレビドラマと無縁とは言い切れないだろう。
 商品の紹介、宣伝も結構だが、その責任は一切負わない。確か小学生の時に習ったと記憶しているが、新聞広告で新聞に載せた以上はその商品について新聞社は責任を持たなくてはならない。そこに新聞社の信用、商品の価値がある、と。
 散々宣伝しておいて、それが欠陥商品であって裁判沙汰にまでなっても、侘びの一言もないのは、無責任の極みだと思うが、これが常識になってしまった。
 凶悪な殺人シーンを演出するエネルギーの半分でも青少年の教育に費やして頂ければ、膨大な事件捜査の費用も半減するのではないだろうか。
 
第195号   深夜のスーツケース   平成24年10月1日発行
2013-06-05
深夜の全く人気のない駅の列車の中に取り残されたスーツケースはどうなったのだろう。
我々と同じようなツアーの客のものには違いないのだが、その人達はホテルに入って、待てど暮らせどスーツケースは届かない。
ジュネーブを二時間遅れて発車したフランスの超特急T G V。パリには一時間五十八分遅れで到着、二時間遅れると罰金が科せられるようで、偶然か、作為的か二分間が微妙な時間になる。
ジュネーブで待たされた二時間も、何があったのか、現地の案内人にもよく分からなかったようで、日本の新幹線では考えられないことだ。
旅行者のスーツケースは現地のポーターがホテルまで運んでくれる手筈になっていたのだが、列車到着が二時間遅れて日付が変わって午前一時。ポーターは無責任にも帰ってしまっていた。我がツアーの添乗員はそれに気付いて、自らスーツケースを列車から降ろして、客に協力を求めてホテルまで各自で運んだ。その同じ列車に他のツアーのスーツケースが三十個ほどあっただろうか、載ったままになっていた。
フランスはさすがに先進国と言うべきか。観光バスの運転手も運転時間がきちっと決められていて、ホテルに着いて夕食会場に行くほんの僅かな時間も運転手が代わる。先の運転手は決められた一日の運転時間を過ぎると運転出来ない規定になっているのだ。
長距離バスの運転手が居眠りしてバスに側壁のガードレールが突き刺さって多数の犠牲者を出した日本とは大違い。
何かと規制緩和を叫ぶ人がいるが、自由競争も結構だが、その背景には金儲けよりも人を大切にする精神がなくてはならない。
ポーターが列車の時間が遅れて、職場放棄したのは、日本人の感覚外のことだが、自らの立場を大切のすると言う意味では納得できるのではないか。
日本の新幹線と対比されるT G Vだが、乗り心地も、時間の正確さでも、日本の比ではない。駅に並んでいる列車も開業以来洗ったことがないように思えるほど汚れている。これは国民性か。憧れのパリが入口から躓いた感じであったが、さすがに街の雰囲気は、誇り高きフランスの首都である。週末にセーヌの河畔に集うパリっ子の姿は、クルーズで見る限り幸せが溢れているようであった。
そのセーヌ河のほとり、昔の巨大な要塞であったルーブル美術館。撮影自由が嬉しい。フラッシュさえ使わなければ(明るいのでその必要はない)自由に撮れる。本物の「モナリザ」をバックに記念撮影! 感動である。
パリからバスで4時間余り走って、モン・サン・ミッシェルを訪ねる。何度も見たテレビの映像では、満ち潮の時は海に浮かぶ幻想的な修道院であったが、潮の満ち引きに関係なく舗装された道が繋がっていた。便利ではあるが、夢がない。
近くの川の土砂がその道にせき止められて自然破壊にもなっている。これは、近く道を取り壊して橋を架ける計画のようが、風景に相応しい橋が架かることを念じたい。
遠く一千年も前に作られた修道院には、改めて昔の人の英知、能力に感嘆する
それにしてもあのスーツケースは無事に持ち主に届いたのだろうか。
 

第191号  灰になるために生まれてきたんじゃない

第191号  灰になるために生まれてきたんじゃない
 
灰になるために生まれてきたんじゃない

出来たばかりのコンクリート舗装の路上に白い大きな犬の死体が横たわっていた。

開通間もない国道十一号。現在は県道三十三号になっているが、私が高校に通っている三年間に工事が進められて、出来上がった真新しい路面に無残な姿があった。最近では路上に死んでいる犬猫を見るのは珍しくもなくなったが、半世紀も前の光景が強烈に脳裏に残っている。今も通勤時に通る道である。

悲惨な交通事故死は人間も同様で悲しむべきことであるが、その犬猫の命が不慮の死ではなく、まるで売れ残ったコンビニの弁当のように処分されていると聞くと人間のおぞましさに恐怖感を覚える。

それは連日報道される幼児虐待、いじめ、陰惨な殺人事件等殺伐とした世相に現れているようにも思える。

知人が「小さな命の写真展」として、保険所等で殺処分される前の犬猫の表情を写した写真展を常盤街商店街、ホームセンター、駅構内、市役所等々で開催している。

この命、灰になるために生まれてきたんじゃない。全国で一日に約一千頭の犬猫が二酸化炭素に依って殺処分されている。香川県は人口当たりの殺処分数は全国ワースト五位だそうだ。その費用は全国で二十四億円と聞くこれ全て税金で賄われている。

人の癒しの為に、命の尊さを共有する筈のペットが心ない一部の人と思いたいが、無責任に捨てられ殺される。

写真展の会場で売られていた児童書のノンフィクション作家、今西乃子著「犬たちを送る日」の冒頭の部分を要約して紹介したい。

一九七八年、野犬の撲滅対策として、ある県での犬の買い上げ制度を設けたときのことである。

犬を保険所に持ち込んだ県民には一頭五百円の報酬を出す。

そこに小学生三人が七匹の子犬を持ち込んだ。

「すみません、これ買うてくれるんですか?」

「これ?どうしたいん?」

「犬、一匹ここに持ってくれば、五百円くれるって聞いたけん。七匹で三千五百円やけんね。お金くれん?」

当時の三千五百円といえば、かなりの高額である。

「そのお金、何につかうんや?」

「プラモデルじゃけん!欲しいプラモデルがあるで、それ買いたいんや!はようお金ください」

「君らが連れてきた子犬、ここに来てどうなるか知っとるか?」

「・・・?」

「あのな、ここに連れてこられた犬は、みんなあと数日で殺されてしまうんや。この子犬もそうじゃけん。みんな殺されてしまうんやで。それでもええんか?」

「かまわんけん!はようお金ください!はよう行かんと、プラモデルやさん、閉まってしまうけん」

 親が教えたのだ。

「そんなに小遣いがほしかったら、野良犬の子犬を見つけて保険所へ持って行け」と。 

 命を金に換え、そのお金で自分たちの欲しいものを手に入れようとする少年達、それを容認する大人達がたまらなく悲しく思えた。

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