エスエヌデー株式会社|電設資材|照明器具|空調機器|住宅設備機器|家電製品|情報機器販売|香川県坂出市

 
 
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第194号  桜模様        平成24年7月1日発行
2013-06-05
 「高遠」(タカトウ)なんとなく聞いたことのある地名だが、どこにあるのか、関心もなかったが、城址公園があって、そこのコヒガンザクラが有名らしい。
 そのサクラ見学バスツアーに申し込む。
 今年の春は異常に遅かったが、ツアー会社なら桜の開花時期は当然調査済みと思ったのが間違いであった。
 四月十四日、早朝四時に起きて出発、雨の中をひたすら走って、名神高速から中央自動車道経由で午後二時過ぎに到着。駐車場に観光バスがざっと数えて百台は並んでいる。
天気は雨、花は蕾、それでも日にちの変更が出来ないのがツアーの悲しさ。園内のぬかるんだ道をどこかで咲いている木を求めて歩く。ツアー添乗員に南ゲート辺りで一部開花しているところがあると情報が入っていた。
 広い城址公園内には明治八年頃から植え始めて現在では千五百本以上の木があるそうだが、残念ながら満開の眺めを想像しながら歩くしかない。
 南ゲート付近で花びらを捜すが見当たらない。きょろきょろしているのに気がついたのか、案内小屋にいたおばちゃんが顔を出した
「ゲートを出て直ぐに右に行ったトイレの屋根の上で咲いているよ」
 桜祭りの期間中ではあったが、開花前で入場料は無料でゲートが開放されている。教えられた通りに行くと、なるほど!一枝か、赤い蕾の中に薄っすら白い花びらが見える。カメラのズームを利かせて撮影する。その写真をプリントすると、結構綺麗に咲いているように見える。これが日常よくある極一部の出来事が、さもそれが全体であるかのような誤解を生む報道写真になるのだろう。
 桜は残念であったが、公園に隣接して「絵島囲み屋敷」があった。絵島、生島事件で絵島が二十八年間幽閉されていた屋敷が復元されている。見学する時間も予備知識もなくて惜しい思いをしながら離れる。この諏訪湖周辺地域は何度も来ているし、又の機会に是非ゆっくり見学したいところだ。
 蓼科温泉で泊まって翌日は河口湖のまたまた桜祭り会場。快晴で気温も上がってきたがいずこも同じ桜は固い蕾。だが、感動の富士山が待っていた。河口湖から見る富士山は女性的と言われているが、長く延びた裾野が優美だ。数え切れないシャッターを切る。
 間近に富士山を見ながら帰路についたが、御殿場辺りで車の渋滞に巻き込まれると同時に富士山が雲に隠れた。
 その日は、御殿場から三ケ日までの新東名高速道路が開通した翌日であって道路が二本になった分、空いている筈が大渋滞、日曜日で付近の車が一斉に通り初めに出てきたのだろう。帰高予定が数時間遅れて日付が変わった未明に帰宅。
 今年は長年の念願であった河津桜も見に行った。三島に住んでいる同級生に状況を知らせてもらいながら開花遅れを考慮して、二月の末に行ったのだが、こちらもちらほら咲きで、開花が予想をはるかに超えて例年より、二十日も遅れていた。
 我が家の桜も開花が遅れて、四月三日の猛烈な嵐には蕾で耐えた。予定していた三日後の恒例になった花見の宴が懸念されたが、その後、僅か二日間で満開に。お陰で来訪者には充分満足してもらって楽しい宴になった。
 
第193号  糖尿病
2013-06-04
 「これは完全に糖尿病です」
全く予期していなかったことではないが、昨年(平成23年)の十一月にそう宣告された。衝撃であった
 十数年前から、体重を十キログラム減量しなければいけないと、ウオーキング、ルームランナー、乗馬の機械等々と挑戦はしたのだが、膝を痛めたり、効果がなかったりで中途半端に終わっていた。
 表面は健康体そのものなのだが、部分的にみると血圧は高い、耳鳴りはする、目は霞む、鼻詰まり、膝はいつ痛み出すか、これでどこが健康なのか。その上に糖尿病とくればいつ命がなくなっても不思議ではない。そう言えば我が父は六年半の寝たきりから亡くなったのは現在の私の年である。その老いた父の姿が今の私と同じ年であったとはどうにも理解し難いが。
常に「全て現役です」と、言ってきた。これからもそう言い続けていきたいと、誓っているのだが、その自惚れが禍してか、どんな宴席にも出されたものは全て頂く、どうやらこの習慣が糖尿病の最大の原因のようだ。周りを見ると、誰もが必ず何かを食べ残している。もったいない、好き嫌いをして不幸な人だと感じていたが、ここにきて逆に羨ましい人に見えてきた。
H b A 1 c と言う血糖値の数値があって
その値が五.八までが正常値で六.五を超えると治療をしなければいけない糖尿病。その中間が予備群で、私のそれは六.四で最も危険な予備群らしい。医師は強く注意を促す為に敢えて完全な糖尿病です、と言われたようだ
さて、どうしたものか。先ず体重を減らすこと。それには食事と運動、普段は酒は飲まないが、大好物のあんぱん、どら焼きはしばらくお預け。家の食事は家内の手料理で問題ないと思っているが、多少量を減らす。要は宴席の食事をどう処理するか。年末年始の忘年会、新年会が心配であったが、何とか体重の増加はなく過ぎたようで、一安心。
運動は歩くのが一番なのだが、これも膝を痛めた経験があるので、躊躇する。医師に相談すると、部屋で出来る自転車のようにペタルを踏む運動具があるので、それは体重の負荷が足にかからないので良いのではないかと教えてくれる。早速ホームセンターで買ってくる。
四十分程踏むとカロリー消費の表示が五百キロカロリーになる。これを目安に毎日頑張っている。テレビを見ながら出来るのでどうやら続けられそうである。
一月の定期検診時に食事指導をしてもらった。我が家の朝食、夕食の写真を撮って見てもらったが、概ね合格であったが、予想通り少し量を減らしましょう。その時に、消費する運動量の目安の表をもらった。それを見るとサイクリングで四十分走ると、消費カロリーはなんと百六十キロカロリー、五百キロカロリーはメーカーの過大表示か。
ともあれ、体重は月に一キログラムの減量
に向けて順調に進んでいる。
 ある調査で定年退職された人達に、今までの人生で、体力、気力、経済力等を総合して最高潮であったと思えるのは何歳位の時であったか、との問いに、殆どの人が四十歳前後と回答されたらしい。
私は迷わず「今」と答えたい。生涯現役で今を大切に、糖尿病を克服しよう。
 
第192号   イタリア
2013-06-04
「イタリアは、国は貧乏だが国民は豊かで陽気」
そんなことを聞いたのは、もう何十年も前であったが、当時の日本の貧しい生活の中で、「国民が豊か」と言う言葉が羨ましく、憧れであった。
最近になって、欧州債務危機の焦点ギリシャの次はイタリアだと盛んに報道されている。
 そんなイタリアを新聞広告のツアー募集に申し込んで同級生仲間と訪れる。パリ経由でミラノに入り、整備された高速道路をバスでベローナ、ベニス、フィレンツェ、ローマ、ナポリまで八日間の旅程。
 各都市の名所はほとんど世界遺産に登録されて、テレビで何度も見ていたから初めて見る思いはしなかったが、さすがに現地に立って荘厳な建物を目の前にすると、中世の途方もない建築技術に只々驚き感動であった。
 高速道路を行き交う車を見ていると、大型トラックの多さに気がつく。日本の夜の高速道路はトラックが連なっているが、それがイタリアでは昼間からである。労働条件の違いもあるようだが、経済活動の活発さを感じさせられる。この国のどこに経済危機があるのだろうか。そして行く先々の観光地には人が溢れている。紅葉の京都の人波も凄ましいがなんと言っても場所が京都と違って広い、その広大な敷地に世界中の人が押し寄せている。
 観光税なるものがあって、観光客が州に入る毎に税関のようなところに止まって税金を支払うシステムになっている。金額は僅かだと確かな値段は教えてもらえなかったが、バスの運転手も観光客の一人に数えられるようだ。時代の要求でE T Cを使って払ったかどうかが分かるようなシステムに移行している最中と言っていた。
 もうひとつ高速道路で気付いたこと、乗用車(セダン)が少ない。日本ではライトバンと言われる貨物乗用車が大半で、数えてみると、セダンは一割ほどであった。日本よりも余程合理的な思想なのかと勝手に考える。
 欧州危機と言われるのも、一部の巨大投資家が仕組んだ金儲けの為の罠である、と言われた経済評論家がおられるが、勤勉な庶民の生活を危うくしてまで金儲けをしようとする
輩がいることは確かなようだ。世界を不況に陥れたリーマンショックは正しくその典型である。そのあくどい商法が罰せられたとは聞いたことがない。人類が等しく富を分け合っていける平和な世界実現への知恵はないのか。
 ベニスとナポリの各港には巨大な豪華客船が数隻停泊していた。  豪華客船とは世界で「飛鳥」「日本丸」しかないのかと思っていた認識の甘さを痛感する。世界のセレブ達が世界遺産、名所旧跡を訪ねて優雅な船旅をしている。
 イタリアを旅行してからイタリア料理が好きになったと、知人から聞かされていたが、それを大いに期待して行ったのだが、見事に裏切られた。圧倒される建造物と添乗員の人柄に魅せられて、金額相応かと別に気にも留めてなかったのだが、ローマから帰路の飛行機にはドイツ、スペイン、フランスと何組ものツアー客が乗り合わせていた。その殆どがおばちゃんパワーの人達で「食事も美味しかったでえ」と、満足げに話していた。
殆どパンとパスタだけの最悪の食事で過ごした「旅物語」に帰国してから些か憤りを感じている。
 
第191号 灰になるために生まれてきたんじゃない
2013-06-04
出来たばかりのコンクリート舗装の路上に白い大きな犬の死体が横たわっていた。
開通間もない国道十一号。現在は県道三十三号になっているが、私が高校に通っている三年間に工事が進められて、出来上がった真新しい路面に無残な姿があった。最近では路上に死んでいる犬猫を見るのは珍しくもなくなったが、半世紀も前の光景が強烈に脳裏に残っている。今も通勤時に通る道である。
悲惨な交通事故死は人間も同様で悲しむべきことであるが、その犬猫の命が不慮の死ではなく、まるで売れ残ったコンビニの弁当のように処分されていると聞くと人間のおぞましさに恐怖感を覚える。
それは連日報道される幼児虐待、いじめ、陰惨な殺人事件等殺伐とした世相に現れているようにも思える。
知人が「小さな命の写真展」として、保険所等で殺処分される前の犬猫の表情を写した写真展を常盤街商店街、ホームセンター、駅構内、市役所等々で開催している。
この命、灰になるために生まれてきたんじゃない。全国で一日に約一千頭の犬猫が二酸化炭素に依って殺処分されている。香川県は人口当たりの殺処分数は全国ワースト五位だそうだ。その費用は全国で二十四億円と聞くこれ全て税金で賄われている。
人の癒しの為に、命の尊さを共有する筈のペットが心ない一部の人と思いたいが、無責任に捨てられ殺される。
写真展の会場で売られていた児童書のノンフィクション作家、今西乃子著「犬たちを送る日」の冒頭の部分を要約して紹介したい。
一九七八年、野犬の撲滅対策として、ある県での犬の買い上げ制度を設けたときのことである。
犬を保険所に持ち込んだ県民には一頭五百円の報酬を出す。
そこに小学生三人が七匹の子犬を持ち込んだ。
「すみません、これ買うてくれるんですか?」
「これどうしたい     ん」                                                                                                                      
「犬、一匹ここに持ってくれば、五百円くれるって聞いたけん。七匹で三千五百円やけんね。お金くれん?」
当時の三千五百円といえば、かなりの高額である。
「そのお金、何につかうんや?」
「プラモデルじゃけん!欲しいプラモデルがあるで、それ買いたいんや!はようお金ください」
「君らが連れてきた子犬、ここに来てどうなるか知っとるか?」
「・・・?」
「あのな、ここに連れてこられた犬は、みんなあと数日で殺されてしまうんや。この子犬もそうじゃけん。みんな殺されてしまうんやで。それでもええんか?」
「かまわんけん!はようお金ください!はよう行かんと、プラモデルやさん、閉まってしまうけん」
 親が教えたのだ。
「そんなに小遣いがほしかったら、野良犬の子犬を見つけて保険所へ持って行け」と。 
 命を金に換え、そのお金で自分たちの欲しいものを手に入れようとする少年達、それを容認する大人達がたまらなく悲しく思えた。
 
第190号     万葉会館
2013-06-04
「万葉会館」いかにも歴史を感じさせる名前だが、ここに坂出ライオンズクラブから書庫を寄贈することになって、さてどこに有るのか、坂出在住者の何人かに聞いてみたが、沙弥島にあるらしい、ことしか分からない。
その沙弥島。坂出港から四キロメートルの沖合に浮かぶ、周囲二キロメートルの小さな島であった。昭和四十二年、番の州工業用地埋め立て工事によって四国本土と陸続きになったが、歴史の宝庫の島である。万葉会館はその島の入口にある。地域の伝統文化、芸能等を活発化させ、保存、継承、発展向上を図る為の施設であるそうだが、極一部の人にしか知られていないようで、誠にもったいない施設である。
隣接するナカンダ浜には何度も清掃奉仕に行ったが、その万葉会館の存在は全く知らなかった。
ナカンダ浜の陸地側、海の家の横の駐車場に車を置いて、改めて島を歩いてみた。
ナカンダとは中の田と言う意味らしい。何気なく浜のゴミを拾っていたが、資料によると、その砂の下に古代の製塩土器が包蔵され、さらに下層から縄文土器も出土していた。そんな時代から人々の暮らしがあったことが窺えるのだそうだ。気の遠くなるような昔にその小さな島にどうやって渡って行ったのだろう。もしかすると当時の人々は四キロメートル位の距離は簡単に泳いで渡る能力を持っていたのだろうか。
ナカンダ浜の北側に展望台が作られている。
石碑に「沙弥ナカンダ浜展望台」と書かれていて、坂出ライオンズクラブ二十五周年の記念行事として我々の先輩が寄贈していた。
 展望台に立つと目の前に現代の技術の粋を集めた瀬戸大橋が、左手には柿本人麻呂碑が見える。今昔を実感する場所である。
 人麻呂碑は、その崇高な人間愛を敬慕する中河与一が昭和十一年に建立したもので、展望台の手前に人麻呂の歌碑もある。
千三百年ほど前の昔のこと、人麻呂が乗った舟が暴風雨に遭い、激しい潮流にも流されて沙弥島の陰に入り、やっとの思いで浜辺にたどり着く。その時に詠んだ歌が歌碑として建立されている。
 坂出市出身である中河与一は昭和十年、小説「愛恋無限」を発表して愛の尊厳を訴え文壇に新風を起こしたが、その心は人麻呂に通じ、この最終場面に沙弥島の大自然が描かれている。
 人麻呂碑の手前を左に山道を登って行くと、整備された遊歩道に出る。その突き当りが長崎鼻である。
 昭和六十一年に遊歩道工事中に石棺が発見されて、一点だけの埋蔵品に石棺外の土器片等から弥生時代後期のものと推定されている。
 岬の先端の岩に立つと塩飽諸島が一望出来て、ここが沖合いを航行する舟の目印になっていたのが分かる。
 人っ子一人いない遊歩道を巡回案内に沿って歩く。
 島の北西丘陵で最も高いところが城山と呼ばれて、山頂を囲んで石段があり、二段の郭になっている。塩飽水軍の砦か、見張所として構築されたようである。
 眼下の海は透き通って、現代の汚れを感じさせない清々しい散策であった。
隣の東山魁夷せとうち美術館に行かれたら、是非足を運んでほしい沙弥島である。
               
 

第191号  灰になるために生まれてきたんじゃない

第191号  灰になるために生まれてきたんじゃない
 
灰になるために生まれてきたんじゃない

出来たばかりのコンクリート舗装の路上に白い大きな犬の死体が横たわっていた。

開通間もない国道十一号。現在は県道三十三号になっているが、私が高校に通っている三年間に工事が進められて、出来上がった真新しい路面に無残な姿があった。最近では路上に死んでいる犬猫を見るのは珍しくもなくなったが、半世紀も前の光景が強烈に脳裏に残っている。今も通勤時に通る道である。

悲惨な交通事故死は人間も同様で悲しむべきことであるが、その犬猫の命が不慮の死ではなく、まるで売れ残ったコンビニの弁当のように処分されていると聞くと人間のおぞましさに恐怖感を覚える。

それは連日報道される幼児虐待、いじめ、陰惨な殺人事件等殺伐とした世相に現れているようにも思える。

知人が「小さな命の写真展」として、保険所等で殺処分される前の犬猫の表情を写した写真展を常盤街商店街、ホームセンター、駅構内、市役所等々で開催している。

この命、灰になるために生まれてきたんじゃない。全国で一日に約一千頭の犬猫が二酸化炭素に依って殺処分されている。香川県は人口当たりの殺処分数は全国ワースト五位だそうだ。その費用は全国で二十四億円と聞くこれ全て税金で賄われている。

人の癒しの為に、命の尊さを共有する筈のペットが心ない一部の人と思いたいが、無責任に捨てられ殺される。

写真展の会場で売られていた児童書のノンフィクション作家、今西乃子著「犬たちを送る日」の冒頭の部分を要約して紹介したい。

一九七八年、野犬の撲滅対策として、ある県での犬の買い上げ制度を設けたときのことである。

犬を保険所に持ち込んだ県民には一頭五百円の報酬を出す。

そこに小学生三人が七匹の子犬を持ち込んだ。

「すみません、これ買うてくれるんですか?」

「これ?どうしたいん?」

「犬、一匹ここに持ってくれば、五百円くれるって聞いたけん。七匹で三千五百円やけんね。お金くれん?」

当時の三千五百円といえば、かなりの高額である。

「そのお金、何につかうんや?」

「プラモデルじゃけん!欲しいプラモデルがあるで、それ買いたいんや!はようお金ください」

「君らが連れてきた子犬、ここに来てどうなるか知っとるか?」

「・・・?」

「あのな、ここに連れてこられた犬は、みんなあと数日で殺されてしまうんや。この子犬もそうじゃけん。みんな殺されてしまうんやで。それでもええんか?」

「かまわんけん!はようお金ください!はよう行かんと、プラモデルやさん、閉まってしまうけん」

 親が教えたのだ。

「そんなに小遣いがほしかったら、野良犬の子犬を見つけて保険所へ持って行け」と。 

 命を金に換え、そのお金で自分たちの欲しいものを手に入れようとする少年達、それを容認する大人達がたまらなく悲しく思えた。

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